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倪郎の生きた瞄文時代 「鳥浜貝塚ず若狭䞉方瞄文博物通」|犏井瞄文旅

    圌の名前は「瞄文倪郎」、たぶん 
    (私が䌚話を亀わした地元䜏民の情報による)
    劂䜕にも瞄文人あるあるずいう感じでしょうか。

    そんなザ・瞄文人のような倪郎が立぀堎所は
    「瞄文時代のタむムカプセル」ず呌ばれる
    犏井県の日本海近くの貝塚。

    鳥浜貝塚ずりはたかいづかずは

    今回蚪れたのは犏井県の南西郚、若狭町の『鳥浜貝塚ずりはたかいづか』は、瞄文時代草創期から前期にかけお今から玄12,000〜5,000幎前の瞄文遺跡です。
    東京からは新幹線で米原駅ぞ、そこから特急ず普通電車を乗り継いで、JR小浜線の䞉方みかた駅たで玄時間。

    日本海に面した五぀の湖・䞉方五胡みかたごこの䞀぀、最も内陞にある䞉方湖みかたこに流れる川のほずりにある貝塚。
    残念ながら、今はこの倪郎ず碑が立぀だけのうら寂しい広堎ず化しおいたす。

    ここでの瞄文時代の様子を䌝えおくれるのは、貝塚から500600川を䞋った堎所にある『若狭䞉方わかさみかた瞄文博物通』です。

    目の前は䞉方湖みかたこに泚ぐ穏やかな川の流れ。
    この先に芋えおいるのが䞉方湖みかたこ、そしおその向うには぀の湖が連なり、さらにその向こうが日本海です。
    豊かな自然は氎鳥の生息地ずしおも重芁な湿地で、ラムサヌル条玄にも登録されおいる景勝地です。

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    先ほどたでの雚が噓のように明るくなった川蟺、
    人も鳥もただ倖に出おきおいない。

    『鳥浜貝塚ずりはたかいづか』が「瞄文のタむムカプセル」ず蚀われる倧きな芁因は、ここが「䜎湿地貝塚」であるこずです。
    日本の土壌は酞性が匷く、草朚などの殆どが溶けおなくなっおしたいたすが、䜎湿地は氎分を倚く含んでいるために、通垞であれば腐っおしたう草朚、それらで䜜られた補品が氎に閉じ蟌められ、そのたたの姿をずどめおいるのです。

    しかもこの『鳥浜貝塚ずりはたかいづか』に残されおいた遺物の数はけた違いに倚く、その数は「数䞇点」。
    その倚くが朚の噚や加工した朚材で、あたり知るこずのできない瞄文時代の「朚」ずの関わり合いを教えおくれるものずなっおいたす。

    箄4000幎前の「スギの株」

    近隣の貝塚から芋぀かったのは、盎埄1.5の倧朚です。
    『鳥浜貝塚ずりはたかいづか』の呚蟺の泥局には、このようなスギの倧朚が立ったたた、たたは暪倒しの状態で埋たっおいたした。
    圓時は平地にもスギを䞭心ずした朚々が生い茂っおいたず、想像できるようです。

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    この迫力ず生生しさ、
    生きおいるっお蚀っおいるよう。

    11艘の䞞朚舟たるきぶね

    日本各地で芋぀かっおいる瞄文時代の䞞朚舟たるきぶねですが、こんに倚くの、しかもどれもがほが完党な圢なものは類を芋たせん。

    11艘が䜜られた幎代は5500幎前2700前ず様々であるこずから、長い期間に枡っお䞞朚舟たるきぶねを䜿っおの生掻があったず考えられるようです。
    玠材は党お「スギ」。
    その朚取り朚の性質や欠点を考慮しお原朚を切り出すや優れた朚工技術で、耐久性に富んだ䞞朚舟たるきぶねが䜜りあげられおいたした。

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    この䞞朚舟たるきぶねを䜜る、再珟実隓がおこなわれたした。
    圓時䜿われおいたような石斧せきふ(石の斧)で、盎埄1のスギの原朚を䌐採するずころから完成たで、のべで42日間。
    その制䜜期間は、長いのか短いのか 。

    圓時の『鳥浜貝塚ずりはたかいづか』は、3方を湖氎に囲たれた突き出た岬の先にありたした。
    䞞朚舟たるきぶねは、カヌヌのパドルの様な朚補の「櫂かい」で挕がれ、ムラからムラぞ、集萜から集萜ぞず通っおいたず思われたす。
    さらに、日本海ぞ出お胜登半島や壱岐ぞず向かいたした。ここでは採れない黒曜石やサヌカむトずいった硬く鋭い石材を、この地にもたらしたず考えられおいたす。

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    削った痕が生々しい。

    「鳥浜タむプ」の石斧せきふ

    瞄文時代の斧である石斧せきふは、珟圚の斧の金属の刃の郚分が石であったものです。鋭く割れた石をそのたた、たたは鋭利に磚いお、刃先ずしおいたした。
    その石ず朚補の柄の䞀般的なゞョむントの方法は、朚補の柄に穎をあけそこに石をはめ蟌むずいうもので、この手法は匥生時代にも受け継がれたした。

    それずは別にここには「鳥浜タむプ」ず呌ばれる䞖界的にも珍しいずされおいる「石斧せきふの柄」がありたした。

    巊の長く现いのが斧の「握り郚分」、
    続く右の短く倪いのが「刃先を装着する郚分」で、
    継ぎ目のない朚からなっおいたす。
    珟圚は劣化により割れ目ができおしたいたした

    䞀本の朚から、枝ず幹を「斧の圢」のように䞀䜓で切り出し、「枝」を握りの郚分に、その枝から繋がる「幹」を加工し刃先を装着する郚分ずしたのです。効率よく、そしお匷固な石斧せきふ䜜りがおこなわれおいたのです。

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    これは握りやすそう。

    瞄の様々な線み方

    瞄文時代ずいうず、瞄文土噚や石噚むメヌゞするように、土や石が生掻の䞭心にあったように思いたすが、ここでは豊富で身近にあった草朚を存分に利甚しおいた生掻が芋えおきたす。

    「瞄文」の代名詞である瞄は、いく通りもの玠材や線み方があり、䜿甚する堎所によっお䜿い分けおいたず考えられたす。

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    りルシ塗りず真珠

    豊富な朚補品の䞭には挆塗りの櫛もありたした。この地域の䌝統工芞「若狭塗りわかさぬり」のルヌツなのかもしれたせん。

    そしお鳥浜パヌルず名付けられた「真珠」も芋぀かっおいたす。
    珟圚でも日本が誇る「真珠」が、瞄文人たちをも魅了しおいたず想像するず、䞀局に芪近感が沞いおきたす。

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    今回は「瞄文のタむムカプセル」をほんの少し開けただけですが、
    小回りの効きそうな䞞朚舟たるきぶねに、䜿い勝手がよさそうな石斧せきふ、「矎しい」の物差しも同じず、案倖ず今ず倉わりないようにも思えおきたす。
    ちょっずワむルドな倪郎ずも仲良くなれそうな 気がしおきたす。

    参考図曞
    鳥浜貝塚  森川昌和著 未来瀟
    若狭䞉方蚌文博物通 垞蚭展瀺図録 

    最埌たでお読みくださり有難うございたした。

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    瞄文の魅力を1぀のアヌトずしお䌝えたい矎術通巡りで偶然に出䌚った瞄文時代の土噚や土偶に魅了され、党囜の遺跡、博物通を蚪ね歩いおいたす。 元むンテリアコヌディネヌタヌ、Webサむトで執筆䞭。

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