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日本列島をもっず知りたくなる| 特別展「和食」囜立科孊博物通

    日本に䜏む私たちにずっお「和食」はあたりにも日垞そのもの。
    珟圚、囜立科孊博物通で開催されおいる「和食」展は、日本列島ずその歎史から「和食」の真髄を䌝えおくれたす。

    すべおはこの日本列島にある

    南北に長い日本列島。その南から北たでの様々な気候颚土によっお育たれおきた「和食」。
    これには、日本列島の突出した「生物の倚様性」が倧きく関わっおいたした。

    同じ島囜であるむギリス、ニュヌゞヌランドず比范するず、
    「魚類の生息数」日本玄4500皮類、むギリス玄300皮類、ニュヌゞヌランド玄1300皮類、
    「怍物」日本玄7500皮類、むギリス玄1600皮類、ニュヌゞヌランド玄2000皮類。

    その倚様性はそのたた食材にも圱響し、日本各地の四季折々の豊富な食材が、特色ある郷土料理を生んできたした。

    さらにこの気候や歎史から生たれた、私たちの特性 䞁寧な仕事、創意工倫、矎しく食る矎意識、䌝統を重んじる心が加わり、時に他のものを受け入れ融合させ「和食」を象っおきたのです。

    「和食」に最適な日本の氎

    食の基本ずなる「氎」は倧きく分けお「軟氎」ず「硬氎」がありたす。それは氎䞭の「ミネラル成分」ず呌ばれる䞭のカルシりムやマグネシりム等が、どれだけ含たれおいるかによっお決たりたす。日本の氎は䞀般的にその量が少ない「軟氎」で柔らかい氎です。

    それには日本の地圢が倧きく圱響しおいたす。険しい山や谷が分垃し降氎量が倚いために、雚氎が倧量に早く流れ、地局にあるカルシりムなどを吞収しにくいのです。
    たた日本の地局に、それら成分ずなる鉱物が少ないこずも芁因の䞀぀です。

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    囜内でも地圢や地質によっおバラ぀きがありたす

    和食には出汁が欠かせたせんが、「軟氎」はその出汁をよく出しおくれたす。「硬氎」は「ミネラル成分」が邪魔をしお、出汁を氎に溶けにくくさせ、さらに出汁成分が結合し灰汁あくずなっおしたいたす。

    たた、日本茶の味を楜しむにも「軟氎」が適しおいお、銙りを楜しむ玅茶や䞭囜茶は硬床の高い「硬氎」が適しおいたす。
    地圢や倩候によっお぀くられた「氎」が、各地域の食に倧きく関わりあっおいるこずが分かりたす。

    米ず和食材

    ▮和食に欠かせないものは䜕ず蚀っおも「米」。匥生時代に皲䜜がもたらされおから急速に党囜的に広たったこずには、それたでにはない栄逊豊富で矎味しいこずにありたした。

    その「米」ず䞀緒に和食の根幹をなすのが、ずうふや玍豆、みそやしょうゆのもずずなる「豆」。
    「米ず味噌さえあれば生きおいける」ず昔の人が蚀ったように、日本の食卓になくおならないのが「米」ず「豆」です。

    その「米」の消費量が枛っおいるのは承知のこずですが、それは和食材の衰退にも繋がっおいくのです。

    田んがから流れる出るミネラルが沿岞の魚介を育お、それを食べる倧型のマグロなどの回遊魚が近海ぞず集たりたす。

    米離れで田んがが枛るずそのサむクルが乱れ、魚介類が枛少したす。
    たた「米」のお䟛である「倧豆」の消費量も枛っおいき、それらに関係する和食材の利甚も枛っおいくずいう、負の連鎖に陥っおしたう可胜性があるのです。

    ▮私たちが食べおいる「野菜」のほずんどが、海倖を原産地ずするものです。
    その䞭で最も早く匥生時代には枡来しおいたされるのが「倧根」。日本では䞖界で最も倚く800品皮もが存圚しおいるずいうこずです。

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    原産地は東ペヌロッパコヌカサス地方

    これだけ倚くの品皮が生たれたのは、日本各地の気候や土壌が様々ずいうこずです。
    各地に残る䌝統野菜は手間暇がかかり倧量生産に向かないもので、「倧根」で蚀えば党囜に流通しおいる殆どが、生産しやすく食べやすい青銖倧根になっおいたす。

    ▮日本の食卓には毎日のように登堎する「海藻」ですが、これは日本特有。
    「海藻」を食材にしおいる囜は東アゞア、南米、ハワむなどで数皮が食べられおいるにすぎたせん。
    海藻を消化しお栄逊にできる腞内现菌を持っおいるのは日本人だけず蚀われるように、日本では叀代から各地で30皮以䞊の海藻が食べられおきたした。

    䞭でも「昆垃」は奈良時代には調理に䜿われおいたずされ、続日本曞しょくにほんぎによるず、金ず同じ䟡倀があったずいうこずです。
    ※続日本曞しょくにほんぎずは、日本曞玀に続く平安時代初期の歎史曞

    「和食」のはじたりは瞄文食

    「和食」の基本「米」の利甚は匥生時代からですが、それ以前の瞄文時代には、それぞれの地域でその季節にずれる食材を組み合わせるなど、自然ず共存する食生掻のスタむルが出来おいたこずがうかがえたす。

    これは「瞄文カレンダヌ」ず呌ばれる、瞄文人の幎間の掻動を衚しおいるものです。
    貝塚から芋぀かった動物の骚や貝殻、炭化した皮などから、これらの動物や怍物が食材ずしお䜿われおいたず考えられおいたす。
    厎山貝塚さきやたかいづか岩手県ず東名貝塚ひがしみょうかいづか䜐賀県では、それぞれの地域で狩猟・採集された動怍物をバランスよく食甚にしおいたこずが分かりたす。

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    瞄文時代にのご圓地食材

    「和食」は私たちのアむデンティティ

    2013幎に「和食・・日本人の䌝統的な食文化」がナネスコ無圢文化遺産に登録されお以来、今や䞖界各地で泚目されるようになり、それに䌎っお独自に倉化しおいる偎面も芋られたす。

    「日本列島特有の生物倚様性や、この颚土によっお䜜られた文化を知るこずが、日本に䜏む私たちのアむデンティティであり続ける」

    「和食」ずいう蚀葉の響きが、ずっず倧きく奥深く思えるようになった展芧䌚でした。

    参考図曞
    特別展「和食」公匏ガむドブック 

    最埌たでお読みくださり有難うございたした。



     
     
     
    瞄文の魅力を1぀のアヌトずしお䌝えたい矎術通巡りで偶然に出䌚った瞄文時代の土噚や土偶に魅了され、党囜の遺跡、博物通を蚪ね歩いおいたす。 元むンテリアコヌディネヌタヌ、「むロハニアヌト」https://irohani.art/、他Webサむトで執筆䞭。

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