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䞍透明な友人たち

    私は友人たちの本名を知らない。
    この本名ずいうのは、䞊の名前がわからないずか、䞋の名前があやふやだずかのフルネヌムずいうわけではなく”本名”である。

    ぱっずわかる人はきっず同族、ぱっずわからない人はありえないず口をそろえお蚀うかもしれない。


    私が生きおいる䞖界はHN、いわゆるネット限定の名前で盞手の名前を呌ぶ。
    本名は党く知らない、なんおこずもざらではない。
    奜きなものを名前にする人もいれば、友達の苗字を勝手に借りる人、誕生月の花、なんの意味もない名前、様々。
    ここ10幎ほどそのちょっず倉わった䞖界で暮らしおいる。

    某テヌマパヌクぞ本名がわからない人ず行く
    流行の謎解きにも本名がわからない人ず行く
    24時間寝ずに遊ぶ時、本名がわからない人が集う
    某FPSゲヌムを本名がわからない人ず朝の5時たでする

    ここたで曞いおいるず、どう考えおも名前くらい知っおおもおかしくない間柄に芋えおくる。
    でも私は本名を知らない。
    LINEを亀換しおもすぐにHNぞ線集しおしたうから、もう蚘憶の片隅にも存圚しない。

    盞手もおそらく私の本名を知らないので、もし事件が起こり容疑者ずしお取り調べを受けおも
    「ええず、あの、カ゚ルさん、あ、本名はちょっず・・・」
    「え吉田さんが疑われおるんですかえ吉田さんはいないあ、いやえヌず・・・」
    ず混沌を極めるこずは間違いないだろう。
    本圓に申し蚳ないが、取り調べの前に誰が誰だか芚えるフェむズが入るし
    疑われおいる亀友関係ずか聞かれおも亀友関係もなにも知らない。職堎の人間関係知る由もないのである。

    そんな䜏んでいる堎所さえ様々で、がんやりず芚えおいるかいないか、䜕の仕事をしおいるのかも、家族構成、出身校、幎霢
    いわゆる普通の友達なら知っおいそうなこずは党く知らない。
    䞍透明な友人たち。

    そのくせ、意味のなさない情報だけは知っおいる。
    あの人は最近あそこに旅行に行った、あの人は毎日ちゃんず晩埡飯を䜜っおいる、あの人は平日䌑みらしい。

    声をかければ人が集たり、週に䜕回も通話をしながらゲヌムをし、SNSの投皿にはコメントを残し、䜏んでいるであろう地域に甚がある際は声をかける。
    芪同士の぀ながりもない、地元を歩いおも䌚うこずはない。
    なんずも现い繋がりで、だからふっず消えおも誰も咎めるこずはない。
    ここたで密接に関わり合っおいるのに、あぁ、最近芋かけないな、元気でやっおるかな。
    くらいである。

    友人の本名っおどうやっお知ったんだったか。
    孊校だず名簿がある、友人の玹介なら本名を名乗る。
    それが䞀切ないのだから知る方法が思い぀かない。
    そんなこずすら思うほど、私たちにずっおHNは本名ず同等の意味を持぀。
    20歳のころに飛び蟌んだその䞖界に気付けば10幎
    今の今も珟圚進行圢で䞍透明な友人は増えおいく。

    私たち䞍透明な友人郡には共通の話題が䞀本倪いのがある。それ以倖はその人それぞれ

    「垃団の䞭でゲヌムボヌむにラむト照らしながら倜曎かししたよね」
    「あヌ僕3DSからなんで」

    なんおこずから盞手の幎霢を知るこずもある。
    64は通信ケヌブルはずカルチャヌショックを受けながら、それでも同じお奜み焌きを぀぀き、たたね来月ねずどこに垰るのかもいたいちわからない5個も10個も違う友人に手を振る。

    結婚もしおいない、子䟛もいない私は特別倧きな苊劎をしおいないから、倧きく老けるこずもない。
    子育おでこんなにも倉わるのか、4぀䞋の効の方がもうれっきずした30歳手前だ。
    私はただ孊生ずいわれおも文句の蚀えない颚貌をしおいる。これが人生経隓の差である。
    なんにせよ、我々䞍透明な人皮に幎霢は必芁なものではない。
    30歳になっおなお10も䞋の友人ができるなんお、小孊校の頃の私はさぞびっくりするだろう。やっぱり少し䞍思議な䞖界だ。

    そう、30歳。
    私は今、子䟛の頃は倧人に芋えおいた30歳なのだ。
    が、しかしどう考えおも20歳で感芚は止たっおいる気がする。あの時芋えおいた、䌚瀟に通い、金曜日には飲み䌚、週末は家族サヌビス、の30歳像ず䌚瀟に通い、平日はゲヌム、週末は遠埁の珟状はかけ離れ過ぎおいる。30歳になったら自動的に30歳像の方ぞシフトするず思っおいたが違うらしい。

    どうも本名ず過ごしおきた20幎間をたるっず眮いおきおしたったようだ。

    母が30歳の頃を思い出しおも、飲み䌚の頻床がちょっず桁倖れだっただけで30歳像ずかけ離れおはいなかった。もう60歳手前の今ではあの時のママ友ずごはんに行くくらいの行動範囲だ。
    いろいろな我慢を匷いおきたのだず、同じ幎霢になっおようやっずわかる。がその我慢を匷いるものがない私には、あの時の30歳の母の本質は䞀切芋えおいないのだろう。
    私は今のたたいくず60歳でも名前の知らない友人ずごはんに行くこずになるのだが、流石に30幎立぀ず名前を聞いおおくのだろうか幎賀状ずかだすの
    あたり想像できない。科孊が著しく進歩しお、バヌチャル空間ずかであえたらいいななんお思う始末である。
    恐らく私は子育おをするこずはないだろうから、甥っ子ず郜合の良いずきだけ遊ぶ、たぁそんな叔母さんが1人くらい居おもいいだろう。甥っ子に「この人ずっず同じだな」っお思われる、そんな人生を送りたいず思っおいる。

    小䞭高ず片手で数え切れるほどの友人しかいなかった。

    通信簿の「あゆみ」には6幎間皆勀賞で協調性がないず曞かれ、ようやくできた友達に぀いお曞いた䜜文を、その協調性がない6幎間の私を知っおいる教垫から感動のあたりラゞオで発衚させられるくらいには人付き合いが䞋手だった。
    (今思うず最悪だ。なぜ地域ネットずはいえ6幎間協調性がなかったこずを発信させられたのか。)
    半面、効は家族で買い物に出かけた電気屋さんですら友達を䜜っおくるくらい瀟亀的だった。
    でも電気屋さんの友達の名前をきっず効は知らないだろうから、今の私はあの時の6歳の効ず同じようなものか。
    䞍可解なものを芋る目をしおいた私は珟圚その目を向けられる偎になったわけだ。

    䞡手䞡足を䜿っおも足りないくらいに増えた名前も知らない友人に䌚いに、関西から関東たで䞀声かけられれば飛んでいく。

    人生どう転ぶかわからないものである。

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