メインコンテンツへスキップ
見出し画像

向き合うとは

    やまだ めぐみ

    「向き合う」
    このことについて、しばらく考えてみる。

    どう向き合うか。
    それは、生きる上でとても大事に思えること。

    仕事にしろ、恋愛にしろ、

    そして、何より自分と。

    いつでも、一歩引いて見ている自分。
    夢中になりそうになったら逃げている自分。

    怖いのもある。

    でも、向き合うことを忘れているようにも思える。
    「忙しさ」や「能率」や「焦り」などに見舞わられて。


    「向き合う」
    それは、他を遮断することでもある。
    こころを真正面に相手(自分の場合もある)に向けること。
    これは、時に気持ちがいい。すがすがしい。


    「向き合う」
    自分が理想とする、向き合い方は、多くの熱量をそこに注げているかどうかだ。
    しかし、「我を忘れる」「夢中になる」「無心になる」とは、似て非なる。


    充実した時間を過ごすには、その向き合い方で変わってくるだろう。
    我を忘れて、物事に没頭すると、時間はすぐに過ぎる。その時間も、有意義であるとは思えるが、真剣に「向き合う」ことをすると、時間が濃密なものになりうるようにも思える。

    ある時分、ボランティアでトイレ掃除をさせていただく機会に恵まれた。
    その時、まさに、「向き合う」ことができていた。
    弱い自分にも、汚れにも。

    そして、濃密な時間を過ごせた自負がある。


    「向き合う」
    真剣に対象となるものに、向き合うことで、それは自分が映し出されることを感じる。


    相手の目の奥の光を見ること。

    同じ目線に立って考えること。

    全部まるごと受け入れること。

    「向き合う」ことを本気でしたい。

    #考え事 #エッセイ #哲学

    あなたへのおすすめ