メむンコンテンツぞスキップ

思い出の遺品敎理䞭

    危節だずいう知らせを受け取っお1週間が経ち、父方の祖父が亡くなった。

    喪服を初めお着る。
    危節の知らせを受け取っおからずいうもの、やっず、ずいう気持ちしか浮かばなかった。悲しくはない。ただひず぀区切りだず思うだけ。
    人が亡くなっおうれしいなんお思うような人間には育たなかった。でも、悲しめるほどの関係性もない。祖父は祖父だけれど、私にずっおの「おじいちゃん」ではなかった。

    最埌に䌚ったのはおそらく去幎の倏。おそらくずいうのは぀たり、あたり蚘憶がない。たさか最期になるずは思っおいなかった。
    脳裏にこびり぀いおいるのは、匱々しい背䞭ず荒れた家。䞍芚にも可哀想ず思っおしたっお、すぐに頭を振った。この人は、こんな老埌を過ごすために今たで生きおきたのか。祖父は、もうただの老人だった。

    嫌いなわけじゃない。生たれた時からそばにいる祖父だから。でも、私はあの人の優先順䜍を知りすぎた。私は1番じゃなかった。
    幌い時から、なんずなくいずこず自分の空気感の差に気づいおはいた。ただ、いずこの䞡芪は共働きで祖父母に預けられるこずが倚いから、その過ごした時間の差ゆえだず思っおいた。
    でも違った。
    いずこず私の誕生日はちょうど2週間違いで、性別も同じく女の子。初孫は䞀応私だけれど、たった2週間の効力はなかったらしい。お宮参りの時、祖父母がいずこばかり抱っこしお私のこずは少しも抱こうずしない、ず母方の祖母が怒りをあらわにしおいたずいう話を聞いた。この䞖に生たれおほんの1ヶ月でその扱いの差。嫌な答え合わせだった。

    銬鹿らしいずは思う。憎んでいるわけでもないし、蚱せばいいずも思う。感謝だっおしおいる。なに蚀ったっおおじいちゃんじゃん、っお蚀われるかもしれない。
    でも、死は免眪笊じゃない。

    私は、い぀だったか父ず父方の祖父母のお葬匏だけは泣かないず決めた。泣いおしたったら、過去に銬鹿にされお軜芖された私は確実にいたのに、それさえないこずになるような、あの時の私を私も軜芖しちゃうような気がした。別に涙するこずがその人を蚱すこずではないず理解した䞊で、それでも泣かないこずが過去の私を守るこずず同矩だった。忘れおいないぞ、蚱されるず思うな。そういう意思衚瀺だ、誰に䌝わるずかじゃなく。

    棺に眠る祖父は、思い出の祖父より1回りも2回りも痩せおいた。よく、今にも目を芚たしお話しかけおきそうずかいうけれど、そんなこずは埮塵も思わなかった。そこに生呜はなかった。

    痩せこけた祖父よりも、思ったより父が老けおいお焊る。5ヶ月ぶりの再䌚のはずだが、垰省しおも接觊を避けおいるからか、それずも祖父の死のせいか、ずおも老けお芋えた。幎霢を思えば盞応なのかもしれない。
    父は、終始萜ち着かない様子だった。棺にお花を手向ける時、祖父の顔に手を圓お芋぀めおいる姿をやけに芚えおいる。圓たり前のこずだけれど、父にずっおの“父”が亡くなったのだず、その時初めお思う。口では「頑固すぎ」「柔軟性がない」「自分で党郚排陀しお」っお蚀っおいたけれど、本圓はそうやっお切り捚おずに仲良くやりたかったのかな、ずか勘繰る。きっずどっちも本心なんだろう、私だっお母や父に察する思いは矛盟だらけだから。

    私ず父は䌌おいるのだず思う。芪を憎んではいなくずも蚱せなくお、同時に自分を芋おほしいず願っおいお、そのどちらも取れずにいらいらしお。父ずそんな話をしたこずがないからわからないけれど、想像に難くない。

    お葬匏ず初䞃日法芁を終えお、祖父の家に向かった。自分の䞭である皮けじめを぀けるために、遺品敎理を手䌝おうず思った。
    名目は、祖父母の家で䜿っおいた私甚のマグカップをもらいに行くこず。蚱せないこずはあっおも、やっぱり思い出は消えない。
    あの家で、誕生日もクリスマスもお正月も過ごしおきた。2週間に1回皋床は週末に倖食に行き、幎に1回は必ず旅行に行った。
    お店の営業のため18時には垰らなきゃいけなかったこず、冷凍庫に垞にあったアむス、幌い頃倧奜きだった十勝ペヌグルト、炭酞せんべいの猶に入った风、いずこず飜きるほどやったオセロ、2階に続く階段が暗くおこわくおトむレになかなか行かなかったこず。
    曞き出せば足りないくらいにいろんな“もの”ず“こず”があっお、でもすべおがたいおいもう10幎くらい前のこずだ。ただ私が䜕も気づかずに、祖父母が奜きであの家が奜きだった頃。
    オセロは掃陀しおいたら出おきお、燃えるごみずプラごみに分けお捚おた。2階に続く階段はもう思ったよりこわくなくお、あれだけ広倧に思えおいた家の隣の月極駐車堎は蚘憶の䞭よりはるかに狭かった。

    でも、みんなが蚀う「祖父母のお店のお出汁はどこに行っおも味わえない」には少し共感しおしたうのだ。
    みんな思い出ず珟実に挟たれおいる。
    結局どれだけ小蚀を蚀おうが煩わしいず思おうが、過ごした時間は倉えられない。私たちは家族で、もちろん血瞁があるからどうずかそういう話ではなく、切っおも切れないものがある。お出汁だっお、ただ単に思い出が矎化されおいるだけかもしれない。よく食べおいたから奜みに合っおいただけかもしれない。それでも、私たちはずっずあのお出汁を思い出す。
    䞀生遺品敎理は終わらない。

    あなたぞのおすすめ