
Noと言える人になりたいんだ、わたし
今月に入ってから内省をすることが増えた。
内省なんて響きはいいけど、単なる気持ちの吐き出し。
本当の本音。
色々と見えてきた。
本音と建前って単語はあって、
社会で生きるためにはどっちも必要。
もちろん本音だけで生きていけたらどんなにいいだろうと思う。
でもみんなが本音だけ言ってたら混沌するのも目に見えてる。
わたしの場合、今まで7割は建前で生きてきた(もっとひどい時は9割。note始めて6年経ちだいぶ本音言えるように)
別にそれが悪いとかじゃない。
わたし自身が納得していいと思えばそれでいい。
でも結果的にあまりいい方向にいかなかった。
波風立てないように。
摩擦を起こさないように。
言いたいことは飲み込んで、空気読んで多分これが正解だと思う言葉を探して。
我慢我慢。いつか報われる。
何か頼まれたら、誘われたら(滅多にないけど)
反射的に二つ返事。
どうしてそうなっちゃうの?
根底には嫌われたくない気持ちが強かった。
自己肯定感の低さもある。
するとどうなるか。
ただのゴミ溜め場になった。
「ああ、こいつは何言っても反発しない。大丈夫なんだ」
良かれと思ってやったことが全て裏目に出た。
言わないことが肯定にとられた。
もうわたしを好きにして!
(例えが難しいが、そんな状態だった)
なあんだ、この人、自分雑に扱っているじゃん、ふーん。
じゃあ、こっちもそうするから。
だから、なんだ。
その事実に打ちのめされ、しばらく涙が止まらなかった。
本当は嫌だった。嫌だったんだ。
でも言ったら困らせるだろう。
嫌われてしまうかもしれない。
でもそれってわたしの勝手な妄想だ。
困るかなんて言わなきゃわからない。
何してもしなくても嫌う人は嫌うし、嫌いにならない人もいる。
人の気持ちなんて結局のところは本人しかわからない。
わたしはこう思うよ。
きっとあなたもこう思うでしょう?
と決めつけていた。
そんなわけないのにね。
わたしはわたし。
あなたはあなた。
まずはそこから。
きっちりと線引くこと。
ずっと距離感についても考えていたが、
境界線を引くこともこれからの課題。
数日前に珍しくお誘いがあった。
でも気持ちが乗らなかった。
ちょっと考えた上に、断った。
本当は怖かった。断ったらもう二度と誘ってくれないかもしれない。
気にかけてくれる気持ちは非常に嬉しい、でも心から楽しめないだろうって気持ちがあったから。
でも、一回の誘いで断って嫌われたり疎遠になるならその程度の関係なのかもしれない。
それにまた別の仮約束はした。
相手も大事に、でも同じくらい自分を大事にしたい。
なかなかすぐに自分の根付いた部分変えることは出来ない。
でも少しずつ。自分を置き去りにしない。
嫌なことはNoと言える自分でいたい。
