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Photo bysatoshi_st

腹と鍵

    百裕(ひゃく・ひろし)

     辻に電話をしたら、何だか随分そわそわしていた。
    「何だ、何か用か?」
    「用というほどのことはないけれどね、気が向いたから電話してやったよ」
    「俺は今それどころじゃぁない。切るぜ」
     いつにもまして甚だ感じが悪いことを言う。
    「何だ、随分急ぐようじゃぁないか。全体どうしたね?」
    「腹が痛い」
     どうにも苦々しい口調である。
    「腹が痛いのか?」
    「そう言ってるだろう」
    「それぁ大変だ。何しろ、腹の痛みというのはつらいものだからね。先だって、俺が腹痛に見舞われた時なんて、一晩中トイレでうずくまってたんたぜ? 結局あれは……」
    「切るぜ?」
     せっかく気分よく腹痛はらいたの話を語って聞かせようとしているところを遮るようでは具合が悪い。
    「まぁ待て。切るのは俺の話を聞いてからでいいだろう」
    「うるさい。痛いんだよ。それに鍵がない!」
     人の腹痛はらいた話を中途で止めさせておいて鍵がないとは、どうも不明瞭だ。
    「鍵って、お前は一体どこにいるんだ?」
    「外から家へ帰って来たところだ! さっさと入ってうんこをしたいのに、くそぉ! 鍵がない!」
    「ぶっ」と、つい噴き出した。「うんこをしたいのにくそぉとは、お前にしては随分上手いことを言うじゃぁないか」
    「うるさい、鍵がないんだ!」
    「ベランダから入ればいいだろう?」
    「今は一階じゃぁない。もうあの部屋はとっくに引っ越した」
    「何だ、もうソエジママンションじゃないのか。いつの間に引っ越した?」
    「うるさい、うんこしたいのに、くそぉ!」
     また噴き出した。
    「あぁ、くそ、今隣の女子高生が出て来て、変な目で見ながらどっか行ったぞ!」
    「うんこしたいのにくそぉ、とか二回も言うからだ。全体お前は不審……」
    「鍵! あった! 切るぞ! じゃぁな!」
     ツーツーツー。
     電話が切れた後も、自分はしばらくひっくり返って笑い続けた。

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    随筆家。日常をそれっぽく書いたり、気持ち悪い話を書いたりする。 著書∶『牛おばさん・他49篇』 パスタ屋店長、人材派遣屋、メーカーのEC担当など種々の職業に就く傍ら、2003年よりウェブ上で執筆活動中。

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