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Photo bysubarasikiai

味の深み

    百裕(ひゃく・ひろし)

     塩昆布が好きだ。塩昆布さえあれば、何杯でも白米が食べられる。
     ただでさえ味に深みのある昆布に塩がまぶされているのだから、ますます深くなる。どこまでも深くなる。底なし沼の如く、いよいよ際限がない。
     今、「如く」という言葉を使ったが、それで思い起こされるのは『龍が如く』というゲームである。あのタイトルはどうも、発売当初からずっと気持ちが悪い。
    「〜が如く」と云う場合、「〜」の部分は動詞であるはずで、だから司馬遼太郎の『翔ぶが如く』は理に適っているが、『龍が如く』はそうでない。だから何だかもぞもぞする。
     メーカーはその辺りも踏まえた上で敢えて『龍が如く』としたらしいが、本当かどうかは疑わしい、と自分は思っている。

     そんなことより塩昆布の話である。
     こんなに深くてはいよいよ際限がない。際限がないのだから、いくらでも食えるという算段だったのだけれど、先日妻子が不在の折に試したら茶碗三杯で飽きた。だから存外深くなかったと、それで判然した。

     大学時代は自堕落な生活をしていたせいで、生活費が足りず米しか食えないという状況にしばしば陥った。米だけは実家から送ってくれていたから、それでどうにか生きられたのである。
     ただ、生きていられるとは云っても白米だけではどうにも味気がない。だからとりあえずケチャップを渦巻き状にかけて食べてみたら思っていたより随分美味い。これはいいのを見付けたと感心し、毎食そうしていたら、三日目にはケチャップを見るのも嫌になった。
     塩昆布に茶碗三膳で飽きたことに比べれば長く続いたようではあるけれど、当時の方が今よりも味に対する判定基準が低かったのだろう。だから別段ケチャップが塩昆布に勝まさっているというわけではない。



     
     
     
    随筆家。日常をそれっぽく書いたり、気持ち悪い話を書いたりする。 著書∶『牛おばさん・他49篇』 パスタ屋店長、人材派遣屋、メーカーのEC担当など種々の職業に就く傍ら、2003年よりウェブ上で執筆活動中。

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