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液晶女

    百裕(ひゃく・ひろし)

     出勤途中、地下鉄ホームを歩いていたら柱の陰に男がしゃがんでいた。
     白い服を着て、黒いリュックを背負っている。頭髪がべったりしている。まだ若いけれど、一向ぱっとしない感じである。夏になると生乾き臭を漂わせるタイプじゃないか知ら。根拠はないが、きっとそうだろうと得心した。
     こんな時間にこんな場所へしゃがんでいるのは、いかにも不審である。事によると本当は見えないはずの存在かとも思ったけれど、みんなも通りすがりにちらちら見ているらしい。
     全体何をしているのかと、すれ違いざま覗いてみたら、どうやら水筒の蓋を丁寧に撫でている。
     緩まないようしっかり締めるとか、きつく締まったのを開けようとしているとか、そういうことならある程度得心するが、優しく撫でるとは不自然だ。第一、気色が悪い。
     駅員に知らせた方がいいかもと思ったものの、それはどうも億劫だ。十分後には出立する駅で不審者が水筒を撫でていたって、自分は一向困らない。困らないのなら構わない。元来自分は正義の味方でないのだから、それはそれでしようがない。けれども万が一水筒の中身がサリンか何かで、この若者にテロでも起こされたら夢見が悪い。

     逡巡しながらもう少し覗くと、やっぱりおかしい。蓋の表面で何だか動いている。どうやら液晶画面が付いているのである。
     動いたカラクリはそれでわかったが、液晶画面が付いた水筒なんて聞いたことがない。そんなものを付けて何のメリットがあるだろうか。考えてみたって一向判然しない。
     いよいよ怪しいやつだと思ったら、画面に女が現れた。白い服を着た、目の細い女である。
     女は指の隙間からこちらを見て、「ほぉ」と云ったようだった。
     それで自分は大凡おおよその見当がついた。

     
     
     
    随筆家。日常をそれっぽく書いたり、気持ち悪い話を書いたりする。 著書∶『牛おばさん・他49篇』 パスタ屋店長、人材派遣屋、メーカーのEC担当など種々の職業に就く傍ら、2003年よりウェブ上で執筆活動中。

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