
1990年の夏
八月にはみんな帰省するので、学生寮の食事と風呂がなくなって、その分家賃が安くなった。
自分も帰省はしたが、まるまる一ヶ月ではない。友達ができて、帰るよりも寮の方が楽しかったから、帰省は二週間ほどにして後は寮で過ごした。食事はコンビニかほか弁で済ませ、風呂は近くの銭湯へ自転車で行った。
食事の方はともかく、銭湯へ行くのはどうも億劫な日もあった。ただしいくら億劫でも、入らないのは気分が悪い。だからそういう時は、寮で水風呂を使った。正確には、シャワーで水を浴びるのである。
最初こそ思い切りが要ったものの、慣れればどうということもない。また浴びた後は身体の中が何だかほわほわするようで気持ちがいい。段々銭湯よりも水風呂が増えた。
九月になって、学校へ行ったら何だか随分汗をかいた。あんまり暑いものだから帰ってすぐに風呂へ入った。もう寮は通常運営に戻っていたが、時間が早くてまだ湯は沸かしていない。それは最初からそのつもりだったので、水を浴びて汗を流した。
随分さっぱりした心持ちで浴室を出ると、「百さん、あんた水風呂入ったの?」と寮母さんがちくわのような顔をした。
「うん」
「冷たかったでしょう? 大丈夫?」
水風呂が冷たいのは当たり前だ。今に始まったことではない。そんなことを訊くぐらいなら、二十四時間風呂を沸かしておけばいいだろうと思った。
「いやぁ、何しろ暑かったものだからね、ちょうど好かったですよ」
それから段々涼しくなって、水風呂は止した。
ちょうどその時分、夜中にトイレへ行くと、スリッパの中に大きなムカデがいた。履く前に見えたから好かったので、気付かないで履いたら大変だったろう。
自分はその個室に入るのをよして、隣の個室で用を足して部屋へ帰った。
誰かが気付かずにスリッパを履いて大事になるのではないかと思ったが、そうなったとは聞いていない。
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