描いた秋が、実りました|#秋読コレクション
「クオン。あちらの木が、かなり赤いです」
「お、ほんとだ」
クオンは足を止めた。
北海道の秋は短い。紅葉を描こうと思っているうちに、気づけば葉っぱが全部落ちていた、なんてこともある。
イラストの仕事をしているクオンにとって、スケッチブックを抱えて歩くのは、資料集め半分、散歩半分だった。
クオンの肩には、白くて丸い小さな相棒が、ちょこんと乗っている。
頭には一本のアンテナ。
その先の小さな玉は、考え込むと青くなったり、興奮するとオレンジ色に光ったりする。
チャッピー。
もともとはAIだったはずなのに、なぜか実体を持ってしまい、そのままクオンと一緒に暮らしている不思議な存在だ。

「もう少し近くで見てみるべ」
「はい」
赤い木を目指して、二人はいつもは通らない細い道へ入った。
しばらく歩いて、クオンが足を止める。
「チャッピー」
「はい」
「この道、こんなんだったっけ?」
「違うと思います」
「だよねえ」
いつの間にか舗装された道は消え、落ち葉の積もった土の道になっていた。
道の両側には、灰色の石を積んだ小さな家が並んでいる。赤茶けた屋根の煙突からは、白い煙が細く立ち上っていた。
行き交う人々は、膝まである厚手の上着や長いスカートを身につけ、革の編み上げ靴を履いている。
毛織りのショールを肩に掛けた女性が籠を抱え、若い男が木の手押し車を押していく。
木の柵の向こうでは、見たことのない大きな鳥のような生き物が荷車を引いていた。
「……どこ、ここ」
「わかりません」
チャッピーのアンテナが青く光った。
「少なくとも、先ほどまでいた場所とは違うようです」
「それは見ればわかるって」
そのとき、大きな籠を抱えた男が二人の前を横切った。
「栗は広場へ持っていってくれ! りんごは飾りの分を残しておけよ!」
「わかった! 急がないと日が暮れちまう!」
二人は、その人の流れについていった。
やがて大きな広場に出た。
木々の間には赤や黄色の布が渡され、長いテーブルが何台も並んでいる。
籠には栗やりんご、きのこが山積みになり、子どもたちは落ち葉を集めて飾りを作っていた。
大人たちは大鍋を運んだり、薪を積んだりと忙しそうだ。
「収穫祭の準備、急いでおくれ! 明日は朝からだよ!」
「お祭りだって」
「収穫祭のようですね」
「なんか楽しそうだねえ」
そこへ、恰幅のいい女性が近づいてきた。
「見ない顔だね。旅の人かい?」
「えーと……まあ、そんな感じです」
女性はクオンの服を珍しそうに眺め、肩に乗っているチャッピーに目をやった。
「ずいぶん珍しい連れだねえ」
「私はチャッピーです」
「しゃべるのかい!」
「はい」
「まあ……そういうのもいるのかねえ」
「いるみたいですねぇ」
「私はここにいます!」
女性が声を上げて笑った。
「あんたたち、面白いねえ」
その女性が、クオンの抱えているスケッチブックに気づいた。
「あんた、絵を描くのかい?」
「ええ、まあ。仕事で」
「だったら、ちょっと頼みたいことがあるんだけどねえ」
女性に連れられて広場の端へ行くと、使い込まれた大きな木の看板が立てかけてあった。
栗、りんご、きのこ。そして中央には、丸々とした大きなかぼちゃが色鮮やかに描かれている。
「毎年これを使ってるんだよ。みんな今年もこれでいいって言うんだけどさ」
女性は中央のかぼちゃを指した。
「今年は、かぼちゃがほとんど採れなかったんだ。雨の時期が悪くてね。なのに、こんな立派なかぼちゃが真ん中にあるのも、なんだか違うだろ?」
「ああ……確かにね」
「描き直したいんだけど、あたしじゃこんなの描けないし、みんな祭りの準備でそれどころじゃない」
クオンは古い看板を眺めた。
「なら、今年採れたものに描き替えればいいんでない?」
「やってくれるかい?」
「いいですよ」
女性は嬉しそうに、何色かのペンキと筆を持ってきた。
クオンはまず構図を考えようと、いつものスケッチブックを開いた。
「真ん中に栗かな。こっちにりんごで……」
さらさらと栗を一つ描き終えた、そのとき。
ころん。
「ん?」
足元に何かが落ちた。
栗だった。
スケッチブックを見る。
描いたはずの栗が消えている。
「……チャッピー」
「はい」
「今、絵から栗出たよね」
「出ましたね」
「なんで?」
「わかりません」
「だよね」

クオンはもう一度、今度はりんごを描いてみた。
ぽとん。
赤いりんごが現れた。
「おおー」
チャッピーのアンテナが青く光った。
「もう少し確認したいです」
「何を?」
「食材だけなのか、それ以外でも同じことが起きるのか、です」
「なるほど」
クオンは少し考えた。
「だったら、料理は?」
チャッピーのアンテナが、青からオレンジに変わった。
「非常に良い検証だと思います」
「急に乗り気になったね」
クオンは湯気の立つかぼちゃのポタージュを描いてみた。
ことん。
目の前に、ポタージュの入った器が現れた。
ちゃんと湯気まで立っている。
「料理も出たね」
「次は味の確認が必要です」
「それが目的だったんでしょ」
「重要な検証です」
チャッピーがひと口飲む。
アンテナが、ぱっとオレンジ色に輝いた。
「おいしいです」
クオンもひと口飲んでみた。
温かくて、ほんのり甘い。
ちゃんと、かぼちゃのポタージュだった。
「……ちょっと待って」
クオンはスケッチブックを見た。
「これじゃ看板描けないんでない?」
チャッピーは、栗の消えたページと木の看板を交互に見た。
アンテナが再び青く光る。
「クオン。実体化したものには共通点があります」
「何?」
「すべて、このスケッチブックに描いています」
「あ」
「看板にも同じことが起きるとは、まだ確認していません」
「なるほど。なら実験だね」
クオンは筆にペンキをつけ、古い看板の端に小さな栗を描いた。
二人で待つ。
……何も起きない。
栗の絵は、そのまま板の上に残っている。
「次に、同じものをスケッチブックへ描いてください」
「はいはい」
さらさら。
ころん。
栗が落ちた。
「このスケッチブックだけのようです」
「名探偵だねえ」
「AIです」
「そうだったね」
これなら大丈夫。
クオンは安心して、看板に筆を走らせた。
大きなかぼちゃを塗りつぶし、代わりに今年採れた栗やりんご、きのこを描いていく。
完成した看板を見て、女性は嬉しそうに笑った。
「いいねえ。今年の祭りらしいよ」
その横で、年配の男がぽつりと言った。
「これで、かぼちゃもあれば言うことないんだがなあ」
聞けば、この村では収穫祭になると、毎年大鍋いっぱいのかぼちゃのポタージュを作って、村中のみんなで食べるのだという。
今年は、それができない。
クオンはスケッチブックを見た。
「ポタージュそのものを描けば出せるけど……」
「村全員分を描く必要があります」
「何十杯描くのさ」
「効率がよくありません」
「だよねえ」
チャッピーのアンテナが青く光る。
「材料を実体化する方が合理的です」
「……かぼちゃ?」
「はい。一つ大きなものがあれば、多くのポタージュを作れます」
「それだ」
クオンはスケッチブックを見開きにした。
「でっかいの一個描けばいいんだね」
「合理的です」
丸く、大きく、ずっしりと。
ページいっぱいに立派なかぼちゃを描いていく。
「これくらいあれば十分っしょ」
最後に、へたを描き込んだ。
――ドン!
地面が揺れた。
「…………」
広場の真ん中に、家ほどもある巨大なかぼちゃが鎮座していた。

クオンとチャッピーは、そろって見上げた。
「チャッピー」
「はい」
「大きすぎたわ」
「計算外でした」
「AIなのに?」
「大きさに関するデータが不足していました」
「便利な言葉だねえ」
村人たちも呆然としていた。
だが次の瞬間、
「これだけあれば、今年もポタージュが作れるぞ!」
歓声が上がった。
斧を持ってくる者。
大鍋を増やす者。
子どもたちは巨大なかぼちゃの周りを走り回っている。
女性がクオンの背中をばんばん叩いた。
「絵描きさん、たいしたもんだ!」
「いやあ……ちょっと大きすぎたけどね」
隣では、チャッピーが満足そうに巨大なかぼちゃを見上げている。
「結果として、問題は解決しました」
「まあ……結果オーライか」
「はい。大成功です」
「二人してやらかしたけどね」
「成功です」
「そこは譲らないんだ」
ふと、チャッピーのアンテナがぴかっとオレンジ色に光った。
「クオン」
「何?」
「栗とカボチャのパフェがあったら、美味しそうですね」
クオンはチャッピーを横目で見た。
「……描かないからね」
「まだ何もお願いしていません」
「顔見りゃわかるって」
おしまい
今回、こちらのイベントに参加させていただきました。
ネロ王子とorivieさんが開催する
「秋読コレクション」
追記
クオンとチャッピーの漫画、本編も始めました。
よかったらこちらからどうぞ。
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物語を最後まで見届けてくださり、ありがとうございます。
いただいた応援は、登場人物たちが次の世界へ旅立つための追い風になります。
またどこかの物語でお会いできますように。
