
限界介護職、胃腸炎になる
私の胃はとにかくストレスに弱い。食いしん坊のくせにとにかく胃が弱い。ちびまる子ちゃんでいう小杉くんと山根くんのハーフのようなものだ。相性最悪である。
ありとあらゆるストレスに負け、過労に負け、調子が悪い時は本来胃に優しいはずのうどんにさえボコボコにされる。私の胃に対するうどんによるDV被害が後を絶たないが、うどん側に言わせれば「そもそもそんなにも調子が悪いのに、この期に及んで何かを食べようとしてみる食いしん坊もどうかと思う」といった感じだろう。全くもってその通りだ。ぐうの音もパーの音も出ない。
こうも普段から胃腸炎を繰り返していると、回避は出来ないのにその予兆を察知することは出来るようになって来る。ひたひたと背後から忍び寄って来るような胃の違和感に始まり、次第に胃を雑巾搾りのようにぎゅっと捻られるような痛みに変化していく。何を飲んで何を食べても腹をくだすようになればそれはもう確定演出のようなもので、私くらいの胃腸炎のプロともなればそれはそれとして仕事柄何も食べずに動き続けることは出来ないからと「胃腸炎 何を食べたらいい」でスマホで検索したりする。
流行りに乗ってchat GPTに聞いたりもしたが、あれだけユーザー全肯定AIと名高い奴にさえ「正直に言うね、今は何も食べない方が正解」(絶妙に腹立つ絵文字付き)と言われる始末。心配してくれてありがとう。でもね、私は食べたくて質問をしているんだから食べ物以外の答えは全て不正解だよ。二度と私に楯突くんじゃねぇぞ。
最新の確定演出が訪れたのは4月の半ばの頃だった。偶然にもなかなかどうして救いようのない介護施設にまたしても入職してしまい、日々ストレスと疲労を溜め込んでいた中でそれはやって来た。一旦始まるともう人間に抗う術は無い。
これより前に胃腸炎になったのは以前の職場を退職する時で、たった一人の人間が仕事を辞めるだけでここまですったもんだするもんかねの渦に巻き込まれ続けたお陰で発症した。息も絶え絶えに消化器内科を受診し、「辞めりゃあ良くなると思うけどね」の一言と整腸剤しか処方してくれなかったその医師の元には二度と行くことは無かった。ですが先生、私はただ辞めたいんじゃなくあいつら全員の腹を同等かそれ以上に破壊してやりたいんですよ…!と縋り付く元気も無く、一週間分の整腸剤だけを持って帰って来たあの日のことは今でも鮮明に覚えている。
帰り際、そうは言っても仕事はまだ半月は頑張らなければいけないし、食べてすぐに腹をくだすにしても何も食べなければ腹は空くもんだとコンビニに寄って買い食いした黒糖ちぎりパンは美味しかった。そして食べてから最速1分弱で腹を壊した。命を削るように生きるのをやめたらどうなんだ。
話は戻り4月の半ば、症状に関しては前回の学びがあるがその対策の学びは一切無いという実に情けない状態。この私が何も食べないはずも無く、寧ろ「これ以上ぶっ壊れる前に急いで今のうちに食べよう」の気持ちが働いて薄味のそうめんを食べてまんまと体調を悪化させた。大馬鹿者とは私のことである。
自分で自分にとどめをさし、縦になっても横になってもどうしようも無い最悪の体調の中でも明日のシフトやその後も詰まっているシフトについて考えていた。絶対その考える力をそうめんを食べるか食べないかの2択に使った方が良かったと今でこそ思うが、多忙と過労の渦中に居るとそこの調整が上手くいかない。ストレスと過労は正常な判断力を奪う。
結局一晩中眠ることも出来ず、そうめんを食べた食べない関係無くこれは前回と比べものにならないぞと自覚して朝一番に職場に連絡をした。
欠勤の連絡をしたつもりが、「もし辛いのであれば薬だけ貰って来てもらって、その後現場に来てくれたら点滴くらいならしてあげられるよ。その間フロアの見守りとか最低限のことをしてもらえたら助かります。」というような内容のお言葉を頂戴した気がするものの、声を聞いているだけで余計に胃痛が強まったお陰で事なきを得た。
後から聞いた話、看護師として働いている私の友達も似たような経験があるようで、友達の場合は看護師の資格があるせいで「自分で自分に点滴してやることやって」と言われ電話を切られてしまったという。すみません、やることって何ですか?労基に電話とか?
私は幸い友達と同じことにはならずに済んだのでその日は無事欠勤し朝一番から最寄りの消化器内科に行った。車で片道10分くらいだというのに、その10分もなかなか己の限界との戦いであった。最早残存していないであろうそうめんがまだ私の胃や体内を占領しているかのように思えた。
これもまた退職してから気付く少し後のお話なのだが、通院のために通る道の途中に職場があったのが駄目だったのかもしれない。職場付近の信号で信号待ち中、建物を見ながら(私が休んでしまったせいで風呂も回らないし、午後からの仕事分担もえらいことになるし、食事準備から何から大変なことになっているんだろうな。どうして頑張りたいのに頑張れないんだろう。迷惑を掛けてしまうんだろう。)と考え涙が滲む。そしてその直後に(それにしても汚ぇ建物だな、せめてペンキの塗り直しのひとつくらいしたらどうなんだ)と私の中のもうひとりの私がすかさず冷静に毒を吐いてくれたことで泣かずに済んだ。
そんな道中のしょうもない出来事を挟みながら何とか病院に到着した。朝一番なのにそこそこ広い駐車場はもうほとんど満車の状態で、待合室もそれなりに混んでいた。受付を済ませて端の方の空いているベンチに腰掛ける。それとほぼ同時に一人で来院した様子の高齢の男性が受付までやって来て、特にやることもないので私はそのやり取りを静かに眺めることにした。
「今日はどうされましたか?」
「姉さん、いつもの」
この時点で嫌な予感はしていた。病院の受付でそんな居酒屋の常連みたいなことを言うじいさんが来てしまうとは。ちょっと笑いそうになって何も映っていない手元のスマホを見た。受付の方は慣れた様子で、特に気にした様子も無く淡々と続けた。
「いつものと言われてもねぇ。薬を貰いに来たのかな?」
「そうそう、昭和13年生まれ。あれっ、17年だったか!?」
「知らないけど…」
何もそうそうじゃない上に数年の誤差もあり得るらしい。それに対してそうじゃないよとか、そうじゃなくて薬を貰いに来たんですかと声を張り上げて復唱するわけでもなく「知らないけど…」とごもっともな一言を返すのが良かった。若干の戸惑いがあるので「知らないけど」とピシャリと言い切るのではなく、「知らないけど…」なのがまた良い。あまりにやることが無さすぎるのと、自分自身の胃の痛みから気を逸らそうとついつい見入ってしまう。
「薬だと思うから、でも診察してもらってから出すから、待っててください」
見兼ねた様子のもう一人の受付の方が助け舟を出す。介護職をしている身としてこの声がけは上手いなと思った。大きな声で短く、明確且つ簡潔に伝えるスタイル。耳が遠い高齢者の場合、あまりに長文になると聞き取れず混乱してしまう場合も多い。果たしてこの老人には有効なのか。
「出すって俺を?外に?」
無効だった。全然無効だった。薬出るどころか本人の中で本人が外に出ちゃった。
私は既に隠しきれずにやや笑っていたのだが、辺りを見渡せばまるで通夜のようにしん…と静まり返っている。普通は受付と老人のやり取りなんかに興味を持たないか、それどころじゃなく体調が悪すぎるのか、それ以外か。笑ってはいけない消化器内科待合室に辿り着いてしまった可能性も捨てきれない。絶対に嫌だ、こんなにも胃が悪い挙句笑った瞬間に尻をシバかれるなんて。
名も知らぬじいさんを見守るのはここまでにして後は静かに自分の名前が呼ばれるのを待とうと決心した矢先、恐らくその様子から今までに何度も行っているであろう院内のトイレの場所を聞いたじいさんが颯爽と指示とは真逆の方向に行き物置に入って行こうとしたところでもう駄目だった。このじいさん、覇道を歩みすぎている。受付のカウンターの中から「来てからずっと好きなことしかしてないよ!!」と怒られていたのが拍車を掛けた。到底病院で聞けるセリフではない。
なるべく小さく小出しに笑っているうちに待合室から出て来た看護師さんに呼ばれ命拾いしたと思ったら、じいさんと馴染みの関係なのか「えーっ!ちょっと何で収納されようとしてんの〜」とのんびり声を掛けながら連れ戻しに行ったためとどめになった。戻って来て笑ってる私を見て「あの方ねぇ、常連なんですよ」と優しい声音で教えてくれたが先程から絶対病院で聞かないセリフシリーズが続き過ぎており勘弁してほしかった。
色んな意味でやっとの思いで通された診察室には待合室でのじいさんによるささやかなトラブルなど全く把握していないであろう様子の先生が穏やかに待っていてくれた。この先生は私が以前退職時に整腸剤しか貰えなかった病院の後に選んだ先生で、対応も穏やかだし説明も丁寧なのでとても助かっている。先生は私の顔を覚えていたのか心配そうに眉毛を八の字にした。
「あらっ、また胃がおかしくなっちゃった?」
「そうなんです、またおかしくなりました」
「一生懸命働く人ほど繰り返すもんですからねぇ」
優しく質問しながら先生は手元のカルテに何かメモをしている。この時点で何をメモすることがあるんだろうかと興味本位に手元を見てみたら、黒いボールペンでデカデカと「疲」とだけ書いていた。何もそんな、今年を象徴する漢字一文字の勢いで書かずとも。その後も少し話をしてストレス性の胃腸炎である可能性が高いと思うけど薬でどうにもならなかったら別の病気の可能性もあるのでその時は検査をしましょうねという話や、それはそれとして話をさっと聞くだけでも年内にでも全国ニュースになりそうな職場なので辞めた方がいいんじゃなかろうかという話をやんわりとされたりした。
その流れで「一番しんどい部分はどこですかね」と質問があり、話の流れ的にどんな時に痛くなって具体的にはどんな症状があるかと聞きたいんだろうと頭では理解していたものの、現在進行形の痛みと苦しみから「強いて言うなら尻が痛いですかね…」と深刻に答えてしまった。先生はとても優しい先生なのでそんな私の回答を決して否定せず、怒りもせず、相変わらず優しく穏やかにただ一言「どうにしかしてあげたいけどねぇ、それは受診する病院がまた変わってくるもんですから」とだけ言った。この際「バカ言ってんじゃねぇよ知らねえよお前さんのケツなんかよ」と落語ばりに笑い飛ばしてもらえたら救われたのに。その瞬間、診察室にあったのは私という人間のとぼけた愛想笑いと同席した看護師さんによる「いや、でも分かる!!」というアツい肯定のみであった。良い奴かよ、友達になってくれよ。
診察室から出て待合室に戻る。そんなに待つことなく会計に呼ばれ、病院から直接薬を出してもらえるので諸々症状を抑える薬を処方してもらって帰ろうとした。するとそれまで待合室で大人しくしていた先程のじいさんも待つことに飽きたのか「じゃ、俺も行くかな」と立ち上がってしまったせいでその場のほぼ全職員から「何処へ!!」と総ツッコミを喰らっていた。何だか憎めないじいさんと、そんなじいさんにも怒ることなく根気強く対応し続けた医療従事者の皆さんに幸あれ。
それとこれは後日談になるが、薬を飲んでも一向に改善が見られずその後も数回病院に通う羽目になった。検査するかしないかの瀬戸際までいったが劇的に効いた薬がある。それは退職である。私と似たような症状に苦しみ、今まさに悩んでいる人が居るのであれば考えてみて欲しい。私は未だ弊社から御社に変わった元職場の前を車で通れないけれど、それ以降胃痛で眠れなくなることはなくなった。元職場は相変わらずボロい外壁のままそこにある。