
「行き」と「帰り」(改稿版)
僕の自宅最寄り駅である「N駅」は、私鉄沿線の、急行が止まるでもない地味な駅で、出入り口も一ヶ所しかない。
それなのに、子供のころ……まあ、幼少期と言っておこう……僕はこの「N駅」には西口、東口みたいに出入り口が二ヶ所あると信じていたのだ。
今では、地下に潜ってしまったが、かっては改札を抜けるとすぐに階段で、これを上れば即ホームという単純な作りとあれば、仮に泥酔していたとしても、出入り口が二ヶ所あるとは認識し難い。
もちろん、かかる錯誤も高学年になる頃には、意識の埒外として忘れ去っていたが、大人になってから改めて当時の不可解な認識のことを思い出し、つらつら考えてみるようにもなったわけだ。
当然、単なる「思い違い」と一蹴することも可能だろうが、物書きの本能というやつはこれを許さない。何かカラクリがあるのではないかと思い巡らすと、俄然面白くなってくるのだ。
いろいろ考えあぐねた末、ふと思い至ったのが、「行き」と「帰り」という概念であった。「行き」とは、当然、改札を抜け、階段を上ってプラットホームに出、入ってきた電車に乗るというコース。「帰り」とは、逆に、電車を降り、階段を下り、改札を抜けるコースである。
会社員の場合を考えてみよう。「行き」は、これから仕事……めんどくさい……足も重い。一方「帰り」は、やれやれ仕事も終わった……一杯飲みながらの楽しいアニメ鑑賞が待ってるぜと……うきうきするだろう。もとより、これは僕みたいな怠け者の想像で、仕事に燃えてる人の場合は、この気分は逆転するだろうが……
さて、子供にとっての「行き」「帰り」とは、当然「仕事」ではなく「遊び」の見立ててである。親に連れられ、電車に乗ってどこかに「行く」とは、すなわち「遊びに行く」、そのとっかかりのワクワク感の表明にほかならない。
そして「帰り」とは真逆の、「遊びが終わった」ションボリ感だろう。
僕はたぶん、ワクワク感を持って階段を上ったコースと、ションボリ感を抱いて階段を下ったコースを、全く別物と認識していたらしいのだ。
翻って、かかる感性は人生にも当てはまるかも知れない。
「行き」の人生とは、青春真っただ中、夢や希望が待ちかまえている季節だろうし、「帰り」とは、老境に至り、夢も希望も色あせて、四大空に帰す(要は死のこと)の見立てだろうか?
が、僕はかかるステレオタイプを好まない。
僕は、人生とは終点のない、「行き」の連続と考えたいのだ。死という終点があるだろうと問われても、なに、人間とは死ぬ直前まで生きていると考えるならば、人生とはいっそ終点のない行路と思い知るのが妥当だろう。
これまでにも何度か引き合いに出しててきたと思うが、明治から昭和に叉がって活躍した平櫛田中(ひらぐしでんちゅう)という彫刻家をご存知だろうか?
百歳を超えても制作を続け、没後なんとアトリエには、あと三十年間は制作し続けるだけの彫刻用の木材が残されていたという。
平櫛田中にとっては、人生の「帰り」などは存在しなかったのだ!
多いに見習うべきだろう。
仮に青春という甘いポップスの季節が終わったとしても、枯葉舞う秋に、朽ちかけた夢や希望の残滓に歯がみしたとしても、雪降りしきる夕暮れ、棺の寝台がほの見えたとしても、「帰り」を拒絶した人間にとっては、その全て、虚構のスクリーンの幻影にすぎないのだ。
何を恐れることがあるのか!
頭脳という羅針盤さえ確かなら、人間は無限の「行き」を生き抜くコトが出来るものだと……僕は激しく信じて疑わない。