
小説 「素晴らしい死をあなたにⅩⅤ」最終回
【登場人物】
荒木敬一郎 野上探偵事務所 探偵
小山 秋 真永会病院看護師
青山 明 依頼人
館山信雄 依頼人の婚約者 元入院患者
佐伯 館山と同じ病棟にいた唯一の生存者
野上 荒木の上司。野上探偵事務所社長
倉庫の扉が激しく揺れ、外から怒号が響く。
「荒木敬一郎!! 国家機密窃盗の容疑で逮捕する!!
扉を開けろ!!」
青山が震える声で尋ねる。
「荒木さん…… 送信は……?」
俺は画面を見た。
送信ゲージは── 98%
あと少し。
だが、扉は今にも破られそうだ。
「……頼む……間に合ってくれ……!」
青山が俺の腕を掴む。
「荒木さん、もし……もしもの時は…… 私が──」
「バカ言うな。絶対に二人で生きて出る」
その瞬間──
《送信完了》
画面に表示された。
青山が息を呑む。
「……やった……!」
俺はすぐにUSBを抜き、ケースに戻した。
「よし…… これで…… もう後戻りはできねぇ」
その瞬間、倉庫の扉が爆音とともに吹き飛んだ。
白い閃光。破片。怒号。
スーツ姿の男── 責任者が姿を現した。
背後には武装した警官たち。
責任者はゆっくりと歩み寄り、俺たちを見下ろした。
「……やってくれたな、荒木敬一郎」
俺は青山を背に庇い、ケースを抱えたまま睨み返す。
「世界中に送ってやったぞ。もう止められねぇぞ」
責任者はため息をついた。
「送信先は把握している。だが……
“送ったから終わり”だと思うな。」
男は指を鳴らした。
警官たちが銃を構える。
「君たちを拘束し、“適切な処理”をすれば……
証拠は“虚偽”として処理できる」
青山が震える声で叫ぶ。
「そんな…… そんなこと……!」
責任者は冷たく笑った。
「国家とはそういうものだ。
個人の命など、いくらでも書き換えられるんだよ」
俺はケースを握りしめた。
「……あんたらの好きにはさせねぇよ」
責任者は首をかしげて笑みを浮かべた。
「どうやって?君は丸腰だ。逃げ場もない。味方もいない」
「味方ならいる」
責任者の眉が動く。
「……誰のことだ?」
俺は青山の手を握り、静かに言った。
「館山さんだよ」
責任者の表情が一瞬だけ揺れた。
「……覚醒個体のことか?残念だな、あれはもう死んだよ」
「違う。館山さんは…… 最後まで俺に託したんだ。
“あきら に届けてくれ”ってな」
青山が涙をこらえながら頷く。
責任者は鼻で笑った。
「感傷だ。そんなもの、今なんの意味がある」
「意味はある。あんたらにはわからねぇだろうけどな」
責任者の目が細くなる。
「……ならば証明してみろ。
“個人の意志”が国家に勝てると」
男が手を上げる。
「撃て」
警官たちが引き金に指をかけた。
青山が俺の腕を掴む。
「荒木さん……!」
俺は深く息を吸い、青山を抱き寄せた。
「大丈夫だ。絶対に守ります」
その瞬間──
倉庫の天井が揺れた。
金属音。悲鳴。何かが落ちてくる音。
警官たちがざわめく。
「なんだ!? 上から何か──」
天井の鉄骨が崩れ、巨大な影が落ちてきた。
責任者が叫ぶ。
「覚醒個体だ!! なぜここに──!?」
影が立ち上がる。
痩せた体。荒い呼吸。だが、その目は──
人間の目だった。
青山が息を呑む。
「……信雄さん……?」
覚醒状態の館山が、俺たちの前に立った。
責任者が後ずさる。
「な……なぜだ……!?死んだはずでは。
制御できないはず……!」
館山はゆっくりと責任者を見た。
そして── 低く、かすれた声で言った。
「……あき…… まもる……」
責任者の顔から血の気が引いた。
「やめろ……来るな……!」
館山が一歩踏み出す。
警官たちが銃を構える。
「撃て!! 覚醒個体を排除しろ!!」
だが── 館山は止まらなかった。
俺は青山を守りながら叫んだ。
「館山さん!! やめろ!! もういい!!」
だが、館山は振り返らない。
責任者に向かって、まっすぐ進んでいく。
責任者が叫ぶ。
「来るな!! 来るなぁぁぁ!!」
銃声が響いた。
館山の体が揺れる。
だが── 倒れない。
責任者の目が恐怖で歪む。
「化け物が……!」
館山は責任者の胸倉を掴み、低く呟いた。
「……あき…… まもる……」
そして── 責任者を壁に叩きつけた。
警官たちが混乱し、倉庫内は地獄のような騒ぎになった。
青山が涙を流しながら叫ぶ。
「もうやめて!! 来て!! 一緒に逃げよう!!」
館山はゆっくりと振り返った。
その目は、覚醒個体の濁った瞳ではなかった。
俺は青山の手を握り、叫んだ。
「今だ!! 逃げるぞ!!」
青山が泣きながら
立山に向かって叫ぶ。
「信雄さん!!ごめんなさい……」
俺たちは倉庫の裏口へ走り出した。
背後では、館山の叫びと、責任者の悲鳴が混ざり合っていた。
倉庫の裏口へ走る俺と青山の背後で、
責任者の怒号と銃声が混ざり合う。
「撃て!! 早く、早く!覚醒個体を排除しろ!!」
だが── 館山は倒れなかった。
何発撃たれても、よろめきながらも責任者の前に立ち続けた。
「……あき…… まもる……」
倉庫の裏口に近づき一度振り返ると、
館山は震える手で、俺たちのほうを指差した。
「……いけ…… あらき…… あきらを……たのむ」
責任者が叫ぶ。
「撃て!! そいつを倒せ!!」
銃声が響く。
館山の体が大きく揺れた。
だが── 倒れない。
最後の力で、責任者の腕を掴み、壁に叩きつけた。
責任者が悲鳴を上げる。
「離せ!! 化け物が──!」
館山は低く呟いた。
「……あき…… まもる……」
そして── 責任者を押し倒し、そのまま崩れ落ちた。
青山が叫ぶ。
「信雄さん!」
俺は青山の肩を掴んだ。
「行くぞ!! 今しかねぇ!!」
青山は涙を流しながら頷いた。
「…………。」
俺たちは倉庫の裏口から飛び出し、夜の街へ走り出した。
背後で、館山の体が静かに倒れる音がした。
夜の街は静かだった。
だが、俺たちの心臓は激しく脈打っていた。
青山は涙を拭いながら走る。
「荒木さん…… 信雄さんは最後まで……私を……」
「館山さんは……ずっとあんたの事しか考えてなかったよ。
最後の最後までな」
青山は唇を噛み、震える声で言った。
「……絶対に無駄にしません。あの人の死も……
荒木さんの戦いも……」
俺は頷いた。
「無駄になんかしねぇよ。もう送った。証拠は外に出た」
青山の目がわずかに光る。
「……じゃあ…… もう……?」
「もう止まらねぇ」
そのとき── スマホが震えた。
画面には、ニュース速報が次々と表示されていく。
《臓器提供制度に重大な疑惑》
《冤罪リスト流出か》
《覚醒剤HT-421Bの存在が明らかに》
《国家臓器供給計画の文書がネットに拡散》
青山が息を呑む。
「……広まってる…… 本当に……!」
俺は画面を握りしめた。
「これで…… もう隠せねぇ。
国がどれだけ圧力をかけても…… 真実は広まる」
青山は涙を流しながら笑った。
「信雄さん。あなたのおかげで、ちゃんと届きました……」
俺は夜空を見上げた。
「館山さん……あんたの戦いは…… 終わってねぇ。
これからだ。」
そのとき、遠くでサイレンの音が響いた。
青山が不安そうに俺を見る。
「荒木さん…… これから……どうするんですか……?」
俺は深く息を吸い、静かに答えた。
「逃げる。でも…… 逃げながら戦う。
真実が完全に広まるまで…… 俺たちは止まれねぇ」
青山は頷いた。
「……私も一緒に闘います」
俺は青山に頷く。
「行こう。館山さんが守った未来を俺たちが繋ぐんだ」
二人は夜の街へと歩き出した。
背後では、国家が揺らぎ始める音が確かに聞こえていた。
◆エピローグ──数年後◆
あれから、三年が経った。
臓器提供制度は、あの夜のデータ流出をきっかけに崩壊した。
国は最初、「虚偽情報」「テロ行為」として否定したが、
海外メディアと人権団体が一斉に報じ、
国内でも告発者が次々と名乗り出た。
制度は瓦解し、関係者の多くが逮捕された。
あの責任者も── 逃げ切れなかった。
だが、犠牲になった人々が戻ることはない。
館山信雄。小山、佐伯。そして名前も知られず消された多くの人々。
彼らの死は、ようやく“国家の罪”として記録された。
◆荒木敬一郎◆
荒木は今は海沿いの小さな町で暮らしている。
名前を変え、探偵業もやめた。
だが、彼の胸には今もケースの重みが残っている。
あの夜、命を賭して守った証拠。
館山が託した想い。小山が流した涙。野上が背負った覚悟。
それらは、荒木の中で今も燃え続けている。
密かに、残された毒を世の中に発信し続けている。
彼は時々、海辺のベンチに座り、静かに空を見上げる。
「……館山さん。 まだこれからだな……」
風が吹き、波が寄せては返す。
◆青山明◆
青山明は、今は大学で社会福祉を学んでいる。
婚約者の死を乗り越え、
制度の犠牲者の家族を支援する団体で活動している。
彼女は講演でこう語る。
「彼は最後まで私を守ろうとしてくれました。
だから私は、“守られる側”ではなく、
“守る側”になりたいんです。
どんな立場の人でも他人から、幸せな死を与えられるなんて
そんな事あるわけがない。嘘です。
自分で幸せな死を迎えるために、今を一緒に生きましょう」
その言葉は、多くの人の心を動かした。
青山は時々、荒木の住む町を訪れる。
二人は多くを語らない。ただ、海を眺めながら静かに座る。
それだけで十分だった。
◆野上◆
野上は── 生きていた。
重傷を負いながらも、奇跡的に一命を取り留めた。
今は探偵業を引退し、地方で小さな喫茶店を営んでいる。
店の名前は 「NOBUO」。
館山の名前だ。
時々荒木と青山が訪れると、野上はいつもの調子で言う。
「おう、来たか。コーヒーでいいか?
砂糖は入れねぇぞ」
その声は、あの日と変わらなかった。
◆世界◆
制度崩壊後、国は臓器提供の仕組みを全面的に見直した。
冤罪は減り、覚醒剤HT-421Bは廃棄され、
臓器提供における透明性が確保された。
だが── 完全に“正しい世界”になったわけではない。
新しい制度にも問題はある。
政治家は責任を押し付け合い、国民の不信は消えていない。
それでも、あの夜の真実が明るみに出たことで、
世界は確かに変わった。
犠牲になった人々の名前は、記念碑に刻まれた。
その一番上には──
「館山信雄」
と刻まれている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それからまた何年か後……。
ある日、荒木と青山は記念碑の前に立った。
青山は静かに手を合わせ、呟いた。
「信雄さん、ありがとう」
荒木は記念碑に手を触れ、小さく笑った。
「……あんたの戦いは、ちゃんと未来に残ったよ」
風が吹き、桜の花びらが舞う。
青山が荒木に微笑む。
「荒木さん…… これから、どうしますか?」
荒木は空を見上げた。
「……生きるよ。あんたと一緒に」
青山は頷いた。
「はい」
二人は並んで歩き出す。
過去を背負い、未来へ向かって。
静かに、確かに。
完
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
自分でも少し難しいテーマでした。
また、一つ、書き上げる事ができました。
書き始めてから、最後まで書けるか自分でも不安でしたが、
最後まで来ることができました。
読んでいただける皆様がいるおかげです。
ありがとうございました♪
また、他の作品でもお目にかかれますこと、祈っています🍀