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小説      『リビングチャンネル』12最終話


    《あらすじ》
    世界中の家庭を監視し、子どもを「商品」として売買する巨大組織『リビングチャンネル』。特異な聴覚を持つ少年・聡介は、同じ団地で暮らす双子の弟・音矢を守るため、冷酷な幹部・怪物になり組織の心臓部へ潜入。 組織に利用されながらも昇格し、やがて世界規模の闇の中心へと引きずり込まれていく。

    組織の心臓部は、俺という最も信頼された幹部の手によって、
    すでに致命的な毒を回されていた。

    その日、南と組織本拠地の地下最深層階で落ち合った。
    壁一面に並ぶのは、世界中の主要都市の公共インフラ、
    通信ネットワーク、そして各国の閣僚や企業幹部の
    「極秘データ」だ。

    「リビング・チャンネル」は、
    もはや単なる娯楽産業の位置づけではなかった。
    それは、組織が「国家」と対等に渡り合うための、
    国家そのものを影から操るための、巨大な圧力装置だった。

     「見てのとおりだ、聡介」

    背後から現れた南は、珍しく表情が柔らかかった。
    その表情には、死を覚悟した者の静謐さがあった。

     「各国の首脳が、自らのスキャンダルや秘められた嗜好を
      握られている。
      リビング・チャンネルを通じて流されるのは、
      彼らの世論をコントロールするための『ノイズ』だ。

      俺たちは、世界というシステムの調律師どころではない……
      世界そのものを食い物にしている寄生虫だ」


    南はモニターに一枚のリストを表示した。
    そこには、ある小国の経済を崩壊させ、内戦を誘発することで
    莫大な利益を上げる「国家規模のプロジェクト」のコードが
    あった。その実行命令を下しているのは、
    他でもない俺たちが仕える組織のトップたちだ。

     「ここが、すべての根源だ」

    南は俺に組織のメインサーバーに直接アクセスするための、
    物理的なマスターキーを渡した。

     「これをメインの基幹に挿せば
      一瞬でこの組織の裏の裏、世界中の公開ネットワーク
      へ流出する。
      だが、これを行えば、組織の全防衛機能が起動する。
      細部まで広がるまでに、制限がかかるかもしれない。
      そして、このフロアにいる者は全員、
      確実に生きては出られない」


    南の言葉の重さに、息が詰まる。

     「……南室長、あなたはどうするんですか」

    南はかすかに笑った。
    それは、出会った頃の冷徹な彼からは想像もつかない、
    人間らしい温かみのある笑みだった。

     「私が『幹部会議』の場を乗っ取り、全警備システムの注意を
      このフロアから引き剥がす。
      その隙に、君は実行しろ」


     「そんなことしたら、あなたは……」


    南は俺の肩を掴み、最後通告のように告げた。


     「聡介くん。君がこの道を選んだ時、こうなることは
      分かっていたはずだ。
      それに私もこうなることはわかっていたんだよ。

      君はもう忘れてしまったかもしれないけれど、
      元々は私の計画だからね。

      私は君の盾だ。
      この先は一人でやれ。もう君に預けた計画だ。
      君が選んだ地獄の出口は、
      君自身の手でしか開けない。

      それに、私には君ほどの能力と行動力、
      守るべきものがないからな」


    南は背を向け一歩歩き出して止まった。
    くるりと綺麗に弧を描いてこちらを向き、
    スッと側にきて俺を抱きしめた。

     「長いことすまない。巻き込んでしまった。生きろよ」

    そういうと、何もなかったかのように、迷いのない足取りで
    扉へと向かった。

    彼が去った後、僕の端末に一つのファイルが届いた。
    それは、南が何年も前から記録していた、
    俺という人間を組織に引き入れたことへの謝罪と、
    彼なりの「贖罪」の記録だった。


     「ありがとう、南さん……」


    独り言が空気に溶ける。
    俺は時間がきた時、
    震える手で、マスターキーを基幹へと差し込んだ。
    画面には、世界中の光が映し出されている。

    このキーを回せば、組織という怪物の心臓は止まり、
    同時に、僕の人生もここで終わるかもしれない。

    モニターの一つに、音矢の顔が映っている。
    彼は今、俺が守った聖域で、何が起きているかも知らずに
    穏やかな音を聴いているはずだ。

     「行ってくるよ、音矢。……これが、最後の調律だ」

    俺はキーを握りしめ、右へと回した。
    警報が一斉に鳴り響く。
    南の囮作戦が始まった。

    組織の心臓部へ、俺という名の「毒」が流れ込む。
    革命と崩落の、最終フェーズが幕を開けた。

    すぐに行動する。まだ僕らの計画が露呈していない
    オペレーション室にいつもの顔を作り入っていく。

    俺の部下だったあの研修生たちが、
    昨日から姿を消していた。席には端末が残されたまま、
    彼らのIDは「アクセス権限無効」の赤文字を点滅させている。

    「……優秀だったんだがな。
      規律を乱すノイズは、早い段階で排除される」


    朝倉が僕のデスクに歩み寄ってくる。

    彼の顔色には、深い疲労と、隠しきれない諦めが滲んでいた。
    組織の上層部が、俺の「権限拡大」に疑いを抱き、早々に粛清を
    始めたのだ。俺の周囲を固める手駒を一つずつ削り、
    孤立させるための定石。


    俺の耳には、オフィス中の鼓動が聞こえた。
    部下たちが連れ去られる際の微かな足音、恐怖に引きつった呼吸、
    そして彼らが残した「最後のデータ」。

    彼らは、消される直前に、
    プライベート・サーバーへログを転送してくれていた。
    それは、組織が隠蔽してきた「Case-912」以降の全ての
    犯罪記録の断片だった。

    感情を押し殺し、端末を操作する。
    今、この瞬間も、組織のメイン・フレームは俺を排除するための
    コードを書き込んでいる。
    だが、彼らは致命的なミスを犯した。
    俺に「全ネットワークの調律」という特権を与え続けたことだ。

    俺は隠し持っていた「音矢の音」を、
    全システムのバックボーンに埋め込み始めた。
    音矢が団地で録り続けてきた、あの音。

    組織が送受信するデータの周波数、
    勧誘員たちの移動パターン、
    そして「顧客」たちが接続する際の独特の電子的な「吐息」。
    それらをすべて音矢の録音データと同期させ破壊する。

    全ネットワークに仕掛けたバックドアは、
    既に臨界点を超えている。一つの音をトリガーにすれば、
    組織の全データは音矢の録音した「生活の音」へと上書きされ、
    破壊と同時にその実体が世界中に晒される。

    これこそが、組織が隠し続けた「地獄の証明書」だ。

     「音矢……ごめんな、大切な音を、
      こんな汚いものに変えてしまって」


    俺は持ってきた音矢のスマホを端末に接続した。
    録音データの先頭には、
    あの団地の廊下で聞いた「風の音」が入っている。

    その再生ボタンに指をかけた。オフィスにいる幹部たちが、
    俺の異変に気づき始めたのか、背後の扉の外が騒がしくなってきた。

    「聡介! 何をしている!」

    口とは逆に、朝倉が目だけで、早く逃げろと訴えている。
    彼の目には涙が浮かんでいた。彼もまた、粛清の恐怖に怯えながら、
    それでも俺という「最後の抵抗」を見ていたのかもしれない。

     「もう終わらせるよ、朝倉先輩」

    俺は冷徹な笑みを浮かべ、エンターキーを叩いた。
    システム全体から、悲鳴にも似たノイズが消えた。
    代わりに、オフィス中のスピーカーから、
    団地のあの静かな、けれど確かな「日常の音」が流れ始める。

    音が響くたび、顧客たちのモニターは砂嵐に変わり、
    組織のサーバーは内側から焼き切れていく。
    俺たちの戦いの、最後の調律が始まった。

    組織の全貌が、音矢の録った音に乗せて、世界という舞台へ
    解き放たれていく。

     「……さあ、聴いてくれ」

    俺はヘッドセットを外し、床に投げ捨てた。

    もう、調律師としての耳は必要ない。
    この地獄が崩れ落ちる音を、俺は自身の耳で聴くのだから。

    僕が仕込んだのは、破壊のためのウイルスだけではない。
    「逆流装置」だ。組織が抱える何十万もの家庭を覗き見る
    ためのカメラ。その全信号の「出力先」を、
    本来のストリーミングサーバーから、
    組織の「顧客リスト」のIPアドレスへと直結させる。
    そして、同時に――。
    組織が、世の中に張り巡らせた回線を使って、
    あらゆるPC、タブレット、スマートフォンに対し、
    組織が隠蔽していた「彼らの個人情報」を、
    画面いっぱいに強制表示させる「バックドア」を解放する。

     「配信開始」

    ボタンを押した瞬間、
    全世界の『リビング・チャンネル』が一斉に明転した。

    モニターに映し出されたのは、今、この瞬間、画面の向こうで
    震えている子どもを覗き見ている、顧客たちの「顔」だった。

    世界中の豪邸、IT企業の役員室、政治家の執務室。
    そこに座り、卑猥な笑みを浮かべていた彼らの顔が、
    今度は被害者であるはずの家庭のモニターに、
    鮮明に映し出されている。

     『何だこれは! 画面が切り替わらない!』
     『誰か! この顔を消せ! 私の身元がバレる!』


    ネットワーク中枢が悲鳴を上げる。
    かつて子どもたちとその家庭を「商品」として楽しんでいた
    その画面には、今度は顧客自身が「加害者」として特定され、
    全世界へ生放送されている様が次々と映しだされていく。

    俺はさらに追撃を加える。
    組織が管理していた「全リスト」を、匿名掲示板、
    ニュースサイト、SNSへ向けて、止まることのない
    データ流出として解放した。

    何万件もの銀行口座、住所、隠し資産、
    そして組織に支払った「贖罪の金」の記録。
    それらが雪崩のように世界へ飛び出し、
    組織という怪物を内側から食らい尽くしていく。

     「南さん、もちろん、みてますよね」

    静かにささやく。
    モニターには、組織を維持していた顧客たちが、
    自分たちの資産と名誉が灰になっていく様を呆然と
    見つめる姿が映っている。

     『彼らは『支配される者』の地獄を覗いて楽しんでいた。
      それなら、彼ら自身が『社会から断罪される地獄』の中に
      いることに気づかせるのが、一番の調律だ』


    かつて南が言っていたとおりになった。
    オフィス全体が、異常事態を告げるアラートで満たされた。
    「おい! サーバーが汚染されている! 外部との接続を切断しろ!」


    手元には、まだコードが残っている。
    組織の全活動を維持する「心臓部」を、
    完全に停止させるためのコマンド。
    僕は、震える指をエンターキーに乗せた。

    モニターの向こう側では、世界中がパニックに陥っている。
    俺たちが作り上げてしまったこの地獄は、
    俺たちの手でしか閉じられない。

    モニターの中の、画面に向かって泣き叫ぶ一人の顧客を見つめた。
    彼らの傲慢さが、崩れ去る。
    その光景は、あまりにも美しく、あまりにも残酷だった。

     「地獄には、鏡が必要だ。
      その鏡に、お前たち自身の顔が映るように歪めたんだよ」


    エンターキーを強く叩いた。
    カタッ、という乾いた音が、静まり返ったオフィスに響く。
    瞬間、モニターが一斉にブラックアウトした。

    何千、何万という「リビング・チャンネル」の灯りが、
    一瞬で消え去る。
    それは、組織が支配していた「偽りの日常」の終焉だった。


    俺はヘッドセットを外し、デスクの上にそっと置いた。
    耳の奥で、ずっと鳴り響いていた「誰かの悲鳴」が、ふっと消える。
    外からは、現実世界の騒がしい音が聞こえ始めていた。
    警察のサイレンの音、群衆の叫び声、
    そして窓の外から聞こえてくる、音矢の呼ぶ声。


     「……終わったよ、音矢」

    俺は椅子から立ち上がる。
    手元には、もう何も残っていない。
    ディレクターとしての権限も、
    組織を操る力もすべては今、ゴミ箱の中に消えた。

    清々しい気分だった。
    だけど、ちょっとだけまたうんざりもした。
    怪物から人間に戻るための、
    長い長い旅路の始まりだったから。


    オフィスを見渡すと、
    朝倉が呆然とモニターの黒い画面を見つめていた。
    彼の表情から、飼いならされた悲しみは消え、
    ただ「何もない」という虚無だけが残っている。

    俺は何も言わず、出口へ向かった。
    扉を開けると、そこには俺を待っていた音矢がいた。
    彼の手には、録音機が握られている。

     「……聡介、全部聞こえたよ」

    音矢が僕を見つめる。
    その瞳は、組織のどのレンズよりも澄んでいた。

     「綺麗な音だった。
      ……世界が、本当の音を取り戻す音がした」


    俺は、音矢を抱きしめた。
    俺たちの戦いは、まだ終わらないだろう。
    法的な追及、組織の残党、自身の犯した罪の報い。
    これから先何があるのか、想像もつかない。

    でも、今はこれでいい。
    空を見上げた。
    そこには、監視カメラの光などない、
    ただの夜空が広がっていた。

     「……帰ろう、音矢。もう、俺たちは何にも支配されない」

    団地への道を歩き出した。
    背後で、あの巨大なオフィスビルが、
    闇の中に溶けていくのが見えた。
    かつて俺たちを支配していた、あの冷たい回路の音は、
    もうどこにも聞こえない。

    あるのは、俺と音矢の足音だけ。
    歪んだ世界は消え、今、目の前には現実という名の、
    荒々しくも愛おしい世界が広がっている。
    俺たちは、歩き続ける。

    これからは、この世界という舞台で、
    僕たちの人生を「調律」していく。
    組織は崩壊した。地獄の調律師は、今日をもって廃業だ。

    でも、この世界から「誰かの不幸を覗き見て悦に入る」という
    闇が消えたわけではない。
    放ったデータが、世界を震撼させ、人々をパニックに陥れた。
    その結果、多くの人々が傷つき多くの家庭が壊れるだろう。
    自分がしたことが、正義だったのか、それとも別の地獄を
    招いただけの罪だったのか、今の俺にはまだわからない。

    ただ、俺は人を支配し、運命を書き換えた「調律師」として、
    これからの人生をかけてその罪を背負い続ける。



    音矢が俺の袖をそっとつまんだ。


     「聡介、……音が変わったよ」
     「音が?」
     「うん。……昨日までずっと聡介についていた
      あの冷たくて、鉄の味がする音が消えた。
      今は、雨の匂いと、少しだけ暖かい音がする」



    音矢の言葉に、俺は小さく笑った。
    システムを焼いた時、あの冷たい「回路」が焼き切れた。
    それに伴い、世界中で響いていた偽りのノイズも
    消え去ったのかもしれない。


      n*************


    翌朝

     「……おはよう、聡介」

    音矢がキッチンから声をかけてくる。
    俺はリビングのテーブルに座りただ窓の外を眺めていた。
    まだ、耳の奥に電子の拍動が残っているような気がする。

     「おはよう」

    隣の部屋からは、母さんの微かな物音が聞こえる。
    相変わらず彼女は、鏡の前で薬の瓶を眺め、どれを飲めばいいのか
    睨めっこをしている。
    かつて俺たちが恐れていた、あの薬漬けの日常。

    けれど、今の俺にはその「カチャリ」と薬が瓶に触れる音さえも、
    ただの日常の旋律として聴こえた。
    音矢が淹れてくれたコーヒーの香りが、四畳半の空気に溶け込む。

    「今日は雨なんだって」

    音矢が当たり前の話を当たり前に話す。
    外の雨音が、今はただ心地よい調べとして耳に届く。
    ポケットから、音矢がずっと録り溜めてきた
    「団地の音」のメモ帳を取り出した。

    最後のページをめくる。
    そこには、音矢の震える文字で、こう書かれていた。

     『聡介が帰ってきたら、一番優しい音を聞かせよう』

    涙を拭い、音矢の手を引いて部屋を出た。

     「母さん、行ってくる」


    母に一言声をかける
    団地を出れば、そこには地獄の続きがあるかもしれない。
    メディアの追及、警察の取り調べ、社会からの非難。
    逃げ場のない現実が待っている。
    それでも、俺たちは歩き出す。

    少なくとも、もうこれ以上、
    誰かの「悲劇」を調律して金をもらうことはない。
    自分たちの人生という名の、
    たった一つの旋律を守るために生きていく。
    壊れた世界の中で、今日はただ雨だけが降り続いている。

    それは、組織の罪を洗い流すにはあまりに冷たく、
    俺たちの罪を許すにはあまりに静かな、そんな雨だった。

     「行こう、音矢。俺たちの音を、始めよう」

    音矢と手をつなぎ、朝の光に満ち始めた街へと歩き出した。
    背後で、かつて囚われていたあの団地の建物が、
    朝の光の中でただ静かに佇んでいる。

    俺たちは結局、怪物にも、英雄にもなれなかった。
    ただ、一人の人間としてこの壊れた
    世界で生きることを選んだだけだ。

    壊してしまったという破壊の重さ。
    それら全てを抱えて、僕たちは雨の街を駆けていく。
    世界はまだ、終わってはいない。

    俺は音矢の歩調に合わせ、ゆっくりとしかし確かな足取りで、
    未来へと踏み出した。雨がやむことはない。
    でも耳には、雨が奏でる新しい旋律が、
    どこまでも優しく響いていた。

    音矢が急に言う。
    それがあまりにも普通で、自然で、優しくて、
    俺は泣きながら、笑った。


     “聡介、16歳から急に『俺』って言い出したよね、
      そろそろ、僕も言おうかな”

    了



     
     
     
    お元気ですか。とらヴェるそssです。 noteで小説書いてます。(音、声の作品多め) オールジャンル、更新日時決めてません。 “優しさを根底に”を心がけています。 時々無駄話。エッセイ。 TALESは、色々応募用です。 よろしくお願いします。

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