
あなたのSOGIも教えて
プライド月間にと、虹色のブレスレットを買った。私は、アロマンティック・アセクシャルかもしれなくて、ノンバイナリーかもしれない。自分のことを書くことが、今の私にできることだと思うから、私の性的指向と性自認(SOGI)について書いていく。
まずアロマンティック(Aro)・アセクシャル(Ace)について説明する。アロマンティックは恋愛感情を持たない人を指す言葉で、アセクシャルは他者に性的に惹かれない人を指す言葉だ。私は20年生きてきて、恋愛をするってどんなことなのか、性的に惹かれるってどういうことなのか、全然わかったことがない。興味もない。まだ、これからわかるときが来るのかもしれないけど、それを今確認することはできない。だから、「私は、アロマンティック・アセクシャルかもしれない」と表現した。「いい人に出会えてないだけ」という言葉はAro/Aceの人がよく言われることだと思うけど、それを否定するのは「無」が「ある」のを確認するくらい難しい。
私は恋愛にも性愛にも興味がないけど、誰かの恋バナを聞くのが苦痛なわけではない。「どういうことなんだろう」と思うことはあるし、理解できないこともたくさんあるけど、楽しめるところはある。ただ、性的な話題はよくわからなくて怖いし、中学生のとき、みんなが何を言っているのかわからなくてついていけなかった嫌な記憶が蘇るので、苦手だ。
そして、ノンバイナリーというのは、ジェンダーアイデンティティが男女のどちらにも属さない人を指す言葉だ。私は女性として生まれてきて、女性として生活しているけど、女性として見られたくない。でも男性でもない。また表現が曖昧になっているけど、ノンバイナリーだと言い切るのも、今は自信がない。そういう人もいるんだと思ってほしい。
少し前、性的マイノリティについての勉強会に参加した。自分が場面緘黙という属性で差別されて、私はもう誰も差別したくないと思い始めたときだった。
そこは居心地のいい場所だった。差別したくないと思っている人が集まっているので、誰も排除されない空気ができあがっていた。講師の方と話して、こんな人になりたいと思った。同時に、ますます「差別があること」を責められないと思った。
どんなに勉強しても、目の前にいる1人ひとりを理解することはできない。「差別しないように」と考え続けることはできるけど、それで差別がなくなるわけではない。誰もが、気をつけていても、いつかどこかで、無自覚のまま差別をしてしまう。他の参加者の人も、「勉強しても全然足りない」と言っていた。私は、ずっと、そうやって言っている人になりたい。
私がこれを書いて伝えたかったのは、性別は男女だけではないし、異性を好きになる人しかいないわけではないし、恋愛をしない人もいる、ということと、はっきりアイデンティティが決まっている人ばかりではないということだ。まず、生物学的にも、例えば両方の性を持って生まれてくる人だっている。そして、出生時に決められた性とは違う性のあり方を望む人もいる。「恋愛」に関しても人それぞれだ。私のように、恋をしないであろう人もいる。そんな人たちのことを、「ないもの」にしないでほしい。それから、アイデンティティは意外と流動的だ。急には変わらないけど、少しずつ、変わっていくこともある。それを不思議に思わないでほしい。
私は恋をしたことがないけど、信頼できて好きな人はたくさんいる。一緒に暮らしている動物たちを愛しているし、私の周りの素敵な人たちのことも大好きだ。私の幸せは、ちゃんとあるのだ。
そして、私はあなたの性的指向と性自認、SOGIについて聞きたい。異性を好きになる人は「ヘテロセクシュアル」、出生時に決められた性と性自認が一致している人は「シスジェンダー」と言われる。それが普通じゃないんだよということで、ちゃんと名前がある。だから、あなたがあなたであるということを教えてほしい。私は、その違いを楽しんで聞きたいと思う。