
父ちゃんのゲンコツ
何を今さらと思う方も多いと思うが何年か前から毒親いう言葉を非常によく耳にするようになった。
毒親という言葉には過干渉、感情のままの暴力、子どもの人格を否定する事によって親が精神的に子どものを支配するというニュアンスがある。
特にあなたのためを思ってとか将来困るだろうからと過度にプレッシャーを与え続け結果を出せない子どもに対して感情的になるのは方向性の間違った愛情の迷子だと思う。
私が子どもの頃は母親から宿題やったの?ゲームは一日一時間とかお小言を言われるだけで常に行動を監視されて先回りして答えを出されることは無くわからなければ自分で考えなさいと言うのが口癖だった。
しょっちゅう兄弟げんかをしていたが、口げんかでは収まらずお互いが手を出したりして部屋の物を壊すようなまあまあ規模の大きいけんかをした時には母は止めなさい!と言って間に入り私たちの耳をつまんで思いきりギュウッとひねり上げてきた。
これが地味に痛くて止めてと言うと反省した?と聞いてきてうんと頷くと後でお父さんに叱ってもらうからねと恐怖の言葉を口にした。
若い頃の父はめったに笑わない無口な人でとにかく気が短く納得がいかない事に対しては徹底的に理詰めで攻めてくる性格だった。
お叱りの時間は晩御飯を食べた後と決まっており、兄とけんかをした時はお互いにバツが悪いのとその後に恐怖の説教タイムが待ち受けているのでご飯の味なんかわからなかった。
説教は必ず一人ずつ両親の寝室に呼ばれて密室で行われた。
まずは兄からその部屋に入っていって私はすぐそばの廊下で待機である。
室内から聞こえてくる声は最初はボソボソしたものだが段々父が激高してくるのが分かるほど大声になってしばらくすると兄が半べそをかきながら出てくる。
次は問答無用で私の番である。
もちろん正座で父の前に座る、一度感情を爆発させているので父の目はぎらついておりまともに見る事が出来なかった。
完全にビビっているとこっちを見ないか!と怒気をはらんだ声が飛んでくる。
慌てて視線を合わせると、それでけんかの原因は何だ?と鋭い刃物で切り付けるような冷たい響きの言葉が投げかけられる。
その頃の私は口下手で何より絶対的な支配者である父の前で完全に気持ちが縮みあがっており喋ろうと思っても喉に何かが詰まった感じがして言葉が出てこない。
そうやってプルプル震えていると黙っていたら何もわからないじゃないか!と明らかにイラついた父の怒号が飛んでくる。
私は自分の言いたい事が口をついて出てこないのでそれが悔しくて涙を流すのだがそれがまた父の怒りにさらに火を点ける。
泣いていても仕方が無いだろう!と言ってそれっきり黙ってしまう。
ひりついた空気の中で沈黙が続く。
どのくらい時間が経ったのか分からないが私は正座して握っている両手の拳にギュッと力を込めて止まらない涙を流すだけだった。
その内に反省したか?とややトーンダウンした父の声が聞こえてくる。
私は無言で首を縦に振る。
じゃあこっちに来いと言われて父に近づくと頭にゲンコツが飛んできた。
ゴチンとかガツンという衝撃音と共に目から火花が飛んだ。
もちろん手加減はしていたのだろうがその頃は頭が陥没するんじゃないかという位の痛みでそれまで滝のように流れていた涙がスルッと引っ込んだ。
もうするんじゃないぞと言われてそこでようやく説教タイムは終わりを告げる。
その時の開放感ともうけんかはしないという思いは本物であった。
子ども部屋に戻って先にゲンコツをもらっていた兄とお互い顔を見合わせて何とも言えない笑みを浮かべて父ちゃん怖えーよなと言い合ってお互いのわだかまりはその場で解消された。
それでも懲りずに兄弟げんかを繰り返してその度に父の説教部屋に呼び出されてゲンコツを何発もらったか覚えていない。
私が中学生になった時に父からもうけんかの仲裁はしないと宣言されてから本当に怒られなくなった。
はっきりとこれからはお前らの自主性に任せると言われた時は一歩大人に近づいた気がした。
それでも父はやはり怖い存在で私のマイルドな反抗期にはやんわりと諫める事が何度かあったがゲンコツは飛んでこなかった。
今思えばあれは躾の一環でけんかをしたら反省させるという意味で昭和の一般家庭ではよく見られた光景ではないだろうか。
母は父が働いてくれるから学校に行けるしご飯も食べられるのよと常に口を酸っぱくして言っていたし、父からも不器用ながらもちゃんと愛情を感じていた。
最近プロ野球の監督が娘さんに暴力を振るったということで警察まで出動する大騒動になった。
その家、その家の事情があると思うので一概には言えないが悪い事をしたら怒られて当然と言う価値観で育った世代としては時代は変わったんだなと隔世の感がある。
子どもの頃の父のゲンコツはちゃんと反省をさせるための儀式であり、家庭内暴力とか体罰とは全然感じていなかった。
むしろ善悪の判断をちゃんとつけさせるための親のつとめだったのだと思う。
もちろん、親が自分の感情のまま理不尽に暴力を振るったり食事を十分にとらせなかったりするのは完全に虐待であり犯罪である。
そういう意味では私の両親は非常に真摯に真面目に育児に取り組んでくれたのだなというありがたさしかない。
毒親という刺激的な言葉から自分の過去を紐解いてみたが両親から理不尽な仕打ちを受けたことは無いし愛情も溺れるくらいたっぷり注いでもらった。
決して裕福ではない家庭だったが、大学まで出させてもらったしその後も何かにつけて人生の節目でフォローしてもらっている。
この余りにも大きな愛と優しさの恩返しをするにはまだまだ時間が足りない。
両親も後期高齢者なので老いを感じる場面が多々あるが、もうじき八十歳になろうとする父は身体のあちこちに不具合を抱えているが概ね元気である。
母は人生を謳歌するタイプなのでいつまでも華やかでいて欲しい。
何より父と母がいなければ私が今ここにいる事も無いので何よりそこに感謝したい。
人生の折り返し地点を過ぎてからますます両親の偉大さを痛感する日々である。
お父さん、お母さん、産んでくれてありがとう。
あなた達の息子であることを誇りに思います。