自然
自然の観方の歴史
[編集]自然の観方、位置づけのしかた、意味の見出し方などのことを自然観と言う。
例えば「自然は人間文化と対峙するという見方」「自然のなかに文化的模範を見つけるべきとする見方」「自然と人造物が一体となるのが文化的景観とする見方」等々が自然観である[要出典]。
古代ギリシア:ピュシスとノモス
[編集]古代ギリシアでは「ピュシス(自然),φύσις」は世界の根源とされ、絶対的な存在として把握された。
対立概念に「ノモス(法や社会制度),νόμος」があり、ノモスはピュシスのような絶対的な存在ではなく、相対的な存在であり、人為的なものであるがゆえ、変更可能であると考えられた。フェリックス・ハイニマンは、古代ギリシア人の思考方法の特徴のひとつにこのような対立的な思考(アンチテーゼ)がある、とし、このピュシス/ノモスの対立を根本的なものとした[1]。またこの対立はパルメニデスの「アレーテイア(真理)」と「ドクサ(臆見)」の対立の変形としてエレア派が行ったともいわれる[2]。
古代ギリシア語における「ピュシス, φύσις」は「生じる」「成長する」といった意味をもっていた[3]。またソフォクレスやエウリピデスの語法では「誕生」「素性」あるいは「天性」という意味がある[4]。エウリピデスの語法には「たとい奴隷の子であれ、ピュシスに関して勇敢で正しいものの方が、むなしい評判(ドクサスマ)だけのものより高貴な生まれのものだ」(『縛られたメラニッペ』断片495,41)などがある[5]。
このような古代ギリシアにおける自然と文化・社会との分割が、のちの古代ローマやヨーロッパの思想史のなかでの議論の基盤のひとつとなった。
紀元前4世紀、アリストテレスは、自著『形而上学』において、神学と形而上学を「第一哲学」と位置づけ、自然哲学を「第二哲学」と呼んだ。というのは、自然哲学が、対象としている形相の説明も行っているからであるという[6]。ここにおける「フィロソフィア・ピュシス, philosophia physice」という表現が、古代ギリシア語文献の中に「自然哲学」という表現が現れた最初のものであるという[6]。
中世ヨーロッパ
[編集]スコラ哲学の時代においては一般に、「神は二つの書物をお書きになった」、「神は、聖書という書物と、自然という書物をお書きになった」と考えられていた[7]。
聖書を読むことで神の意図を知ることができるとされていた。また、ちょうど時計というものをじっくり観察すればその時計を作った時計職人の意図を推し量ることも可能なことがあるように、「神がお書きになったもうひとつの書物である自然」を読むことも神の意図や目論見を知る上で大切だ、と考えられた[7]。
神はそれぞれの書物を異なった言語でお書きになったと、考えられており、神は人間が話す言葉で聖書を書き、数的な言葉で自然を書いた、と考えられた[7]。ガリレオ・ガリレイも次のように述べた。
英語で法則のことを「law」と言うが、これはlay(置く、整える)の過去分詞と謂れている[7]。それは神によって置かれたもの、整えられたこと、という意味である。独語ではさらにわかりやすく、「Gesetz」と言い、「setzenされたもの(英語で言えば、"setされたもの")」と表現する。つまり、神によってセットされたものが法則、と見なされているのである[7]。
リベラルアーツの7科は、3科と4科に区分されているが、3科は具体的には文法・修辞学・弁証法であり、上記の「二つの書物」のうち「人間の言葉で書かれたほうの書物」(=聖書)をよりよく理解するためのものと位置づけられ、4科の算術・幾何・天文・音楽については、現代人が理解するには少しばかり解説が必要だが、当時は天文も音楽も数学的なものであったのであり、つまり、4科は「数の言葉で書かれたほうの書物」(=自然)をよりよく理解するためのもの、という位置づけであった[8]。
近代ヨーロッパ
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ヨーロッパ諸語では、自然は本性(ほんせい)と同じ単語を用い「その存在に固有の性質」をあらわす(例えば、英語・フランス語の「nature」がそれである)[注 2][注 3]。
「自然に還れ」は、ジャン=ジャック・ルソーの思想の一部を端的に表した表現である。人間社会の人為的・作為的な因習から脱出し、より自然な状態へと還ることを称揚している。
東アジア
[編集]中国のいわゆる老荘思想では無為自然という語があるが、老子などには無為はあっても自然はない。いずれにせよ、この語は意図せずに、意識的でなく、と言うような意味である。ただし、老荘思想では無為自然を重視し、それに対立するものとして人為的なものを否定する。そこから現在の意味の「自然」を尊いものと見る観点が生まれたと考えられる。彼らは往々にして山間や森林に隠れ住み、また山や川を愛でた。いわゆる水墨画、山水画などもこの流れにある。
日本では平安末期の辞書である『名義抄』に「自然ヲノヅカラ」とあるのが初出のようである。上で説明した中国での意味と同じ系統の意味である。 なお、自然(じねん)と読んだ場合、ひとりでにそうなること、生まれた状態でそうなっていること、あるいは仏教用語で、人為を離れて法(ダルマ)の本性としてそうなること、を指している、とも説明されている[9](だが、異なる説明もある。後説)。
人の手の触れない地形や環境を指す言葉としての自然は、開国後に「nature」等の外国語を訳する際にできた言葉だと思われ、そのような使われ方は明治中期以降のことである[10]。
自然(じねん)
[編集]「じねん」は自然の呉音読みであり、「しぜん」と読んだときとは違った意味を持つようになる。
自然(じねん)とは、万物が現在あるがままに存在しているものであり、因果によって生じたのではないとする無因論のこと。仏教の因果論を否定し、仏教から見た外道の思想のひとつである[11]。
また外からの影響なしに本来的に持っている性質から一定の状態が生じること(自然法爾)という意味や、「偶然」「たまたま」といった意味も持つ。
浄土真宗本願寺派光明寺僧侶の松本紹圭によれば、昔の日本において自然は「じねん」と読まれており、親鸞は自然を「おのずからしからしむ」と読んで世界を今あるようにあらしめる阿弥陀如来の働きを見いだしたと述べている[12]。また、現代語の「自然」のように、人間を除いた自然界、山や川、動植物を指す言葉はもともと日本語には存在せず、人間と自然界の間に隔たりを見ることなく、ただ自然(じねん)にあるものがあるようにしてあるだけという、仏教から見た外道の精神風土が日本にはあると述べている[12]。
自然界、自然環境
[編集]自然界という用語は、次のような3つほどの意味で使われる[13]。
- 人間をも含んだ、天地万物が存在する範囲[13]。および哲学で認識の対象となるすべての外界[13]。
- 天体や、山川草木や動物など、人間社会をとりまく自然の世界[13]。
- 人間界や生物界と区別・対比された物理的世界[13]。
一方、自然環境という用語は、ある物をとりまいて影響を及ぼす、地勢[注 4]、天候、生物など自然の情況を指す[14]。環境というのは"取り巻いているもの"という意味の用語なのでそのような意味になる。たとえば"イヌイットにとっての自然環境"と言えば、イヌイットをとりまいて影響を及ぼす北極圏の地勢、天候、生物などを意味し、具体的には北極海と北極の海氷、寒冷な北極の気候(en:Climate of the Arctic)、シロクマ、アザラシ、ベルーガ、クジラ、川魚などの動物を指すことになり、たとえば "アフリカのサバンナに生きるチーターにとっての自然環境"と言えば、サバンナの草原、まばらな樹木、サバナ気候、キリン、カバ、ヒガシクロサイ、コビトマングース、エジプトガン、コフラミンゴなどの動物を指すことになる。
また#自然(じねん)という意味の延長で、人類が影響を及ぼしていない動物、植物、森林、地勢、地質などを指すこともある。たとえば野生動物や原生地域である。その場合、人間の影響で姿を変えてしまった生物や、人為的に品種改良された動植物、造成した土地などは自然の一部とは見なされない。
自然環境を扱う学問
[編集]地質、地勢
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ある地域の地質は、マグマが冷えたり、堆積によって岩盤ができ、変成作用でその組成が変化したり地殻変動によって位置や形状が変化することで形成される。
岩石はまず堆積によって形成されるものとマグマが母岩に貫入することで形成されるものがある。堆積岩は地表に堆積物が積もり、それに続成作用が働いて形成される。火成岩には溶岩が地表を覆ってできる火山岩もある。火山灰の堆積でできる凝灰岩は堆積岩に分類される。バソリス、ラコリス、岩脈、岩床などの火成貫入岩は、上にある岩体を押し上げ、貫入することで結晶化したものである。
形成された岩はその後、なんらかの力を受けて変形したり、変成作用によって組成が変化したりする。典型的な変形は水平方向の圧縮する力による褶曲、水平方向の伸張させる力やすれる方向の力による断層などがある。これらの構造は主にプレートの境界に対応しており、収束型境界、発散型境界、トランスフォーム型境界がある。
大気・気候・気象
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気候は、ある地点または地域で、一年周期でくり返される大気の状態のことである[15]。また、ある土地の、長期間を平均してみた天気の状態[15]。緯度や、海抜の高低、風、海流、地形などの因子によって決定される[15]。
天候は、比較的短期間の天気の総合的な状態のことである[16]。
気象は人間にとって好ましい場合もあれば、有害な場合もある。特に竜巻、台風、サイクロン、ハリケーンはその進路にあたった地域に多大なエネルギーを撒き散らし、災害を引き起こす。植物は天候の季節変化に合わせて進化してきたため、ほんの数年でも異常気象が続くと植生に大きな影響があり、そういった植物を食料にしている動物にも大きな影響を及ぼす。

惑星の気候は、気象の長期的傾向である。気候変動を生じる各種要因として、海流の変化、地表のアルベドの変化、温室効果ガスの量の変化、太陽の明るさの変化、惑星軌道の変化などが挙げられる。歴史的記録によれば、地球は氷河時代などの劇的な気候変動を経験してきた。
地域毎の気候は様々な要因で決まるが、特に緯度の影響を受ける。同緯度の地帯は似たような気候となり、気候帯を形成する。気候帯は、赤道付近の熱帯から北極や南極に近い地方の寒帯まで様々なものがある。天候は季節によって変化するが、これは地球の自転軸が軌道平面に対して傾斜しているためである。そのため、夏または冬とされる季節には、地球のある部分に太陽光線がより強く当たることになる。どの時期であっても、北半球と南半球は逆の季節を経験している。