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反物

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
川越唐桟の反物(呉服笠間)。
弓浜絣の反物(アジア博物館・井上靖記念館)。
伊予絣の反物。

反物(たんもの)は、一反に仕上げられた布地をいう[1]。和装では一反は大人用の和服一着分の用布に相当し、一反の長さを11.3 - 12.5メートルとされるが、用途や品目によって異なる[2]。

「反」は和服地だけに一定した長さの単位ではなく、織物・ニットなどでも品種によって異なる長さの生地を表す単位として用いられてきた[3]。現代の繊維産業でも、染色や品質管理、縫製などで「反物」や「反」の語が用いられている[4][5][6]。

布帛を一定のまとまりとして管理する単位は古くから存在し、古代には「端」「段」が異なる規格の布に用いられたのち、その区別が変化した[7]。近世には反物が呉服商によって取引・価格管理される商品の単位となり[8][9]、近代には和服地だけでなく輸出用の広幅織物にも「反」が用いられていた[10]。

数え方と寸法

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「反」は生地の長さを表す単位であるが、その長さは用途や品目によって一定しない[2][3]。和装では一反を和服一着分とし、山梨県産業技術センターでは11.3 - 12.5メートルとしている[2]。また、一疋は二反に相当し、同資料では22.6 - 25メートルとされる[2]。

ニッセンケン品質評価センターによれば、着物地の一反は約11.4 - 12メートルである一方、羽織地では約8.5 - 9.8メートル、一般の服地では50メートル、46メートル、23 - 25メートルなどの例があり、品種によって異なる[3]。

和服地

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岡山県立図書館が紹介する『きもの用語事典』では、着尺一反の標準を幅約37センチメートル、長さ約12.5メートルとしている[1]。浴衣の例では、幅約36センチメートル、長さ11.4 - 12メートルの着尺一反が用いられる[11]。男物では幅38 - 40センチメートル程度の反物も用いられる[11]。

近世の布幅は必ずしも一定しておらず、9寸ほどから2尺ほどまでの幅がみられた[12]。明治初期の裁縫教育では、集団教授に適した一定の布幅を設定するようになり、多くの教材で鯨尺9寸5分の「常幅」「並幅」を基準として裁ち方が教えられた[12]。

広幅織物・服地

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和装以外の織物・服地でも「反」の長さは一定しない。ニッセンケン品質評価センターによれば、服地には23 - 25メートル、46メートル、50メートルなどを一反とする例がある[3]。

歴史的にも、和服用の小幅反物とは異なる寸法の「反」が用いられた。京都服飾文化研究財団が所蔵する1910年頃の輸出用羽二重は幅93センチメートルで、同財団は当時、一反の長さは一般に50ヤード(約45.7メートル)で取引されていたと解説している[10]。

和服地としての反物

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一反の細長い布から身頃、衽、袖、襟を裁ち取る配置図
反物から小袖の身頃、衽、袖、襟を裁ち取る配置の模式図。

和服用の反物は、衣服を構成する各部分を裁ち取るための一着分のまとまりとして扱われる[1][11]。

浴衣を例にすると、幅約36センチメートル、長さ11.4 - 12メートルの着尺一反から、身頃と袖を各2枚、半幅の衽を2枚、襟と掛襟を各1枚裁ち取り、これらを縫い合わせて一着を構成する[11]。

和装では一疋を二反の長さとするのを基本とし、着物と羽織を同じ生地から仕立てるための疋物も用いられてきた[3]。男物のアンサンブルなどでは、着物と羽織を仕立てる分量をまとめて「疋」と呼ぶ場合もある[3]。

歴史

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古代・中世の布帛単位

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日本古代の社会では、布は衣服などの材料であるとともに財貨としても扱われ、その管理のため一定の規格が設けられていた[7]。

律令制の租税として納められた調の布(調布)と庸の布(庸布)は、いずれも麻布であったが、その規格と単位は異なっていた[7]。調布1端は長さ4丈2尺、幅2尺4寸、庸布1段は長さ2丈8尺、幅2尺4寸と定められ、「端」と「段」は本来、異なる種類・規格の布に用いられる別個の単位であった[7]。

10世紀になると「端」と「段」の区別は次第に曖昧になり、11世紀以降には両者が混用されるようになった[7]。この変化は、古代から中世への移行期における布帛単位の変化の一つと位置づけられている[7]。

近世の反物と商品化

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葛飾北斎『江都駿河町三井見世略図』。三井越後屋の店頭を描く。

17世紀後半に三井越後屋の呉服商人であった三井高好が記した『宗感覚帳』には、糸や反物類について品名や価格などが記録されている[8]。沢尾絵によれば、反物の記述には「八尋」「三丈物」など長さについて特記された商品と、特記のない商品があり、後者は通常の反物一反分の価格を示したものと考えられる[8]。また、近世の染織品では一反当たりの幅や長さは種類によって異なり、輸入染織品の一反が日本の着物一着分に相当する一反と必ずしも同じではなかった[8]。

近世の呉服太物商では、反物は値付けや商品管理の単位でもあった。大黒屋の商業指南書には商品分類として「反物ノ部」が設けられ、仕入れた商品に札を付けて価格などを管理する方法が記されている[9]。また、織物の価格計算には一反・一疋当たりの製品重量を基準とする方法も用いられた[9]。

近世の生産と流通

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桐生では18世紀に西陣から織物技術が導入された。桐生市によれば、1738年(元文3年)に西陣の織物師が空引き装置を備えた高機の技術を伝え、1743年(寛保3年)には中村弥兵衛が西陣で学んだ縮緬の製法を桐生へ導入した[13]。その後も生産は拡大し、1851年(嘉永4年)には桐生のお召縮緬の生産量が月1万2000反に達したとされる[13]。

反物や生糸の流通は、課税や統制をめぐる争いの対象にもなった。1781年(天明元年)には、上州・武州の市場に反物や生糸などを検査する改所を10か所設け、取引の際に改料を徴収する計画が進められた[14][15]。これに対して生産者らが反発し、上州絹一揆が発生した[15]。一揆は西上州一帯に広がり、改所設置に関与した商人らへの打ちこわしや高崎城下への押し出しに発展し、幕府は改所設置を取り消した[15]。

近代の着尺と輸出織物

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近世に市販されていた布地の幅は一様ではなく、9寸ほどのものから2尺ほどのものまで存在し、裁縫書では異なる布幅に対応した裁ち方が示されていた[12]。明治時代に裁縫が多数の児童・生徒を対象とする集団教授へ移行すると、教材では一定の布幅や布丈を設定して裁ち方を教える方法が取り入れられ、明治初年の裁縫教科書では、多くの場合「常幅」「並幅」と呼ばれた9寸5分幅を基準として裁ち方の基本を教えた[12]。

一方、近代の輸出絹織物では、和装用着尺とは異なる広幅・長尺の反物が取引された。京都服飾文化研究財団が所蔵する1910年頃の輸出用羽二重は幅93センチメートル(鯨尺2尺4寸)で、当時一反の長さは一般に50ヤード(約45.7メートル)であったとされる[10]。羽二重は明治期を代表する輸出絹織物の一つであった[10]。

現代の繊維産業

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着物用の生地に施した防染糊を乾燥させる工程。

現代の繊維産業でも、「反物」や「反」は生地の加工や品質管理に用いられている。

染色では、織物や編物にしてから染める後染めのうち、反物の状態で染めることを「反染め」という[4]。

縫製工場では、生地の反ごとに色差が生じる場合があるため、各反に識別番号を付けて管理することが重要とされる[5]。一着の製品に異なる反の生地を使用するとパーツ間に色差が生じる可能性があるため、原則として同じ反の生地から製品を作るなどの管理が行われる[5]。

生地は縫製工場へ搬入されると、必要に応じて受け入れ検反を受ける[5][6]。検反では織り傷や汚れなどの欠点を確認し、欠点の多い原反は裁断せず返品される場合もある[6]。

裁断に際しては、生地の耳を揃えて整然と積み重ねる延反が行われる[6]。また、一般に原反は巻かれた状態で搬入されるため、巻取り時の張力などによって生地にひずみが残り、そのまま裁断すると裁断後に収縮する場合がある[5][6]。このため裁断前には、生地を開いて一定時間静置するなどしてひずみを緩和する放反が行われることがある[5][6]。こうして状態を安定させた生地が、衣服を構成する各パーツへ裁断される[6]。

関連項目

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脚注

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出典

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参考文献

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  • 大隅亜希子「日本古代における布の単位「端」と「段」について」『国立歴史民俗博物館研究報告』第218巻、国立歴史民俗博物館、2019年12月27日、353-373頁、doi:10.15024/0000002513。 
  • 沢尾絵「『宗感覚帳』にみる江戸時代前期の染織品の受容と価格―西鶴作品との比較検討を中心に―」『日本家政学会誌』第64巻第12号、日本家政学会、2013年、759-778頁、doi:10.11428/jhej.64.759。 
  • 永野順子「「芸」としての裁縫伝授から「技術」としての裁縫教育への展開過程(第1報)」『家政学雑誌』第15巻第5号、日本家政学会、1964年、280-285頁、doi:10.11428/jhej1951.15.280。 
  • 鈴木敦子「呉服太物の価格設定法―奈良屋杉本家を中心に―」『経営史学』第52巻第2号、経営史学会、2017年、29-53頁、doi:10.5029/bhsj.52.2_29。 
  • 岡山県立図書館. “反物の長さを表す一反とは、どのくらいの長さなのか、知りたい。”. レファレンス協同データベース. 国立国会図書館. 2026年8月16日閲覧。
  • “甲斐絹用語集”. The Kaiki Museum. 山梨県産業技術センター. 2026年8月16日閲覧。
  • “浴衣を作る前に”. きもの文化の伝承と発信のための教育プログラム. 2026年8月15日閲覧。
  • “No. 121 「織物を数える単位の“疋(ひき)”ってなにそれ…」”. 一般財団法人ニッセンケン品質評価センター (2018年9月30日). 2026年8月16日閲覧。
  • “テキスタイル(部分) 1910年頃 - 日本”. KCIデジタルアーカイブ. 公益財団法人京都服飾文化研究財団. 2026年8月16日閲覧。
  • “桐生織物の歴史”. 桐生市 (2021年1月27日). 2026年8月16日閲覧。
  • 林玲子 (1970年). “十組問屋史料 (8)”. 流通経済大学学術情報リポジトリ. 流通経済大学. 2026年8月16日閲覧。
  • “上州絹一揆”. ヒストリスト. 山川出版社. 2026年8月16日閲覧。
  • “染色”. 学ぶ・調べる. 一般財団法人日本繊維製品品質技術センター. 2026年8月15日閲覧。
  • “縫製の知識”. 学ぶ・調べる. 一般財団法人日本繊維製品品質技術センター. 2026年8月15日閲覧。
  • “第42回 : ものつくり原点回帰シリーズ ~縫製 その2~”. アパレル散歩道. 一般財団法人ニッセンケン品質評価センター (2022年7月1日). 2026年8月15日閲覧。