卵割

卵割(らんかつ、英: cleavage)とは、動物の胚発生初期に起こる一連の細胞分裂である。受精卵などが繰り返し分裂して多数の細胞を生じる過程であり、通常の体細胞分裂とは異なり、胚全体の大きさがほとんど増加しないまま細胞数が増加する。卵割によって生じた個々の細胞を割球(かっきゅう、英: blastomere)という[1]。
概説
[編集]卵割は、発生を始める卵細胞に見られる細胞分裂である。卵が割れるように見えることからこの名がある。一般に、受精卵の表面に卵割溝と呼ばれるくびれが生じ、細胞質が分割される。こうして生じた割球がさらに分裂を繰り返すことによって、胚を構成する細胞の数が増加する[1]。
卵割には、通常の体細胞分裂と比較して、以下のような特徴がある。
- 卵割の間、胚全体の大きさはほとんど増加しない。そのため、分裂を経るごとに個々の割球は次第に小さくなる[1][2]。
- ウニや両生類など多くの動物では、初期の細胞分裂がほぼ同調して起こり、割球数が2、4、8、16と増加する。ただし、哺乳類などでは細胞分裂が非同調的に進行するため、必ずしも2の累乗の順に細胞数が増えるわけではない[3][2]。
- 多くの動物では、初期卵割が通常の体細胞分裂よりも短い細胞周期で進行する。ただし、分裂速度や同調性には動物種による違いがある[3][2]。
卵割が進むと、多数の割球からなる桑実胚や、内部に腔をもつ胞胚などの発生段階に至る。ただし、これらの構造や形成過程は動物群によって異なる[1]。
卵割期の細胞周期
[編集]ウニや両生類などの初期胚では、卵割期の細胞周期は通常の体細胞分裂よりも短く、G1期およびG2期が短縮またはほぼ省略され、S期(DNA合成期)とM期(分裂期)が交互に繰り返される。このため、細胞の成長をほとんど伴わずに、短時間で細胞数を増加させることができる[3]。
このような初期卵割では、卵形成の過程で蓄積された母性由来のタンパク質やmRNAが重要な役割を果たす[3][4]。また、初期の細胞周期ではDNA複製やDNA損傷に対する細胞周期チェックポイントの機能が、通常の体細胞周期とは異なることが知られている[3]。
ただし、哺乳類の卵割期の細胞周期は、多くの体外発生する動物に比べて長く、細胞分裂が非同調的に進行するなどの違いがある[2]。
母性‐胚性移行
[編集]初期胚の発生は、卵形成中に蓄積された母性mRNAや母性由来のタンパク質によって制御される。その後、胚自身のゲノムからの転写が活性化され、母性由来のmRNAの分解も進むことで、発生の制御は母性因子への依存から胚自身の遺伝子発現へと移行する。この過程を母性‐胚性移行(maternal-to-zygotic transition、MZT)という[4]。
胚自身の遺伝子発現が活性化される時期は動物種によって異なる。たとえば、アフリカツメガエルでは胞胚中期移行(midblastula transition、MBT)の時期に大規模な転写の活性化が起こるが、一部の遺伝子はそれ以前から転写されている[4]。マウスでは1細胞期から小規模な転写活性化が起こり、主要な活性化は2細胞期に起こる[4][5]。ヒトでも受精卵の段階から一部の転写が見られ、主要な活性化は4~8細胞期に起こる[4][6]。
卵割様式
[編集]卵割の様式は動物群によって異なり、分裂が卵全体に及ぶかどうか、割球の大きさ、分裂面の方向や割球の配置などによって分類される。特に、卵黄の量と分布は卵割様式を左右する重要な要因である[1]。脊椎動物では、卵黄の分布に加え、紡錘体の配置なども卵割面の決定に関与する[7]。
全割
[編集]全割(ぜんかつ、holoblastic cleavage)は、卵全体が分割される卵割様式である。卵黄が比較的少ない卵や、卵黄の量が中程度の卵などで見られる[1]。
全割は割球の大きさによって、次のように区分される。
部分割
[編集]部分割(ぶぶんかつ、meroblastic cleavage)は、卵の一部分のみが細胞質分裂によって分割される卵割様式である。卵黄を大量に含む卵などで見られる[1]。
卵の種類
[編集]卵は、卵黄の量と分布によって分類される。卵黄を多量に含む領域では卵割溝の形成や進行が制約されるため、卵黄の分布は卵割様式と密接に関係する。ただし、卵割の方向や割球の配置は卵黄の分布だけでなく、紡錘体の配置などにも影響される[7]。
割球の配置
[編集]卵割によって生じる割球の配置や分裂面の方向にも、動物群によって特徴的な様式が見られる[1]。
- 放射卵割
- 割球が動物極と植物極を結ぶ軸の周囲に放射状に配置される卵割様式。ウニや両生類などに見られる。典型的な放射卵割では、動物極側から見ると、上層の割球が下層の割球のほぼ真上に位置する[1]。
- 螺旋卵割
- 軟体動物や環形動物などに見られる卵割様式。典型的には第三卵割の分裂面が動物極と植物極を結ぶ軸に対して斜めになり、上層の小割球が下層の大割球の間に位置する。この配置によって、割球が螺旋状に並ぶ[1]。
- 回転卵割
- 真獣類などに特徴的な卵割様式。典型的には、第一卵割で生じた2個の割球のうち、一方が動物極と植物極を結ぶ軸に沿う方向に、もう一方がそれと異なる方向に分裂する。このため、第二卵割後の割球の配置は典型的な放射卵割とは異なる[8]。
哺乳類の卵割
[編集]真獣類では卵割は全割である。一方、卵黄を多く含む卵を産む単孔類では部分割が行われる[8]。マウスなどの真獣類では、多くの体外発生する動物と比較して細胞周期が長く、初期の割球が必ずしも同調して分裂しない[8][2]。
哺乳類の初期胚では、卵割に続いて割球間の接着が強まる緊密化(compaction)が起こる。マウスでは一般に8細胞期頃にこの現象が見られ、割球の形態が変化するとともに細胞間の接触面積が増加する[2]。
その後、胚の内部に位置する細胞と外側に位置する細胞との間で性質の違いが生じる。マウスでは、これらの細胞がそれぞれ内部細胞塊と栄養外胚葉の形成に関わり、胚内部に腔をもつ胚盤胞が形成される。内部細胞塊は主として胚本体を構成する細胞系列に、栄養外胚葉は胎盤などの胚体外組織を構成する細胞系列に寄与する[2]。
系統との関係
[編集]卵割様式には、卵黄の量や分布など、発生環境に適応した形質としての側面がある。このため、全割や部分割といった大まかな卵割様式だけから動物の系統関係を判断することは難しい。たとえば、鳥類や多くの魚類では、系統的に異なる動物群でありながら、卵黄を多く含む卵において盤割が見られる[1]。
一方、割球の配置や細胞系列の特徴には、系統関係との結びつきが見られるものもある。螺旋卵割は軟体動物や環形動物など、冠輪動物に属する複数の動物群で見られ、これらの動物の初期発生を比較する際の特徴の一つとなっている[1]。ただし、軟体動物では、個々の割球の発生運命や細胞間の相互作用に多様性がある[9]。
極葉
[編集]螺旋卵割を行う軟体動物の一部では、卵の植物極側に極原形質と呼ばれる特殊な細胞質領域が存在し、卵割時に極葉(きょくよう、polar lobe)と呼ばれる突起を形成する。
たとえばツノガイ類では、第一卵割の際に植物極側の細胞質が突出し、一時的に三つの細胞が存在するような形態となる。細胞分裂が完了すると、この突起は一方の割球に取り込まれる。第二卵割時にも同様の現象が起こる例がある。極葉が形成される回数や形態は動物群によって異なる[10]。
極葉に含まれる細胞質成分がその後の発生に影響する例がある。たとえば腹足類の Bithynia では、形態形成に関わる細胞質成分が極葉内に確認されている。一方、軟体動物における形態形成質の証拠の多くは状況証拠であり、極葉の機能や細胞運命への影響には種による違いがある[9]。
脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 Gilbert, Scott F. (2000). “An Introduction to Early Developmental Processes” (英語). Developmental Biology (6th ed.). Sinauer Associates. ISBN 9780878932436
- 1 2 3 4 5 6 7 Jedrusik, Agnieszka (2015). “Making the first decision: lessons from the mouse” (英語). Reproductive Medicine and Biology 14 (4): 135–150. doi:10.1007/s12522-015-0206-8. PMC 5715835.
- 1 2 3 4 5 Kermi, Chames; Lo Furno, Elena; Maiorano, Domenico (2017). “Regulation of DNA Replication in Early Embryonic Cleavages” (英語). Genes 8 (1): 42. doi:10.3390/genes8010042. PMC 5295036. PMID 28106858.
- 1 2 3 4 5 Lee, Miler T.; Bonneau, Ashley R.; Giraldez, Antonio J. (2014). “Zygotic Genome Activation During the Maternal-to-Zygotic Transition” (英語). Annual Review of Cell and Developmental Biology 30: 581–613. doi:10.1146/annurev-cellbio-100913-013027. PMC 4303375. PMID 25150012.
- ↑ Aoki, Fumio; Worrad, David M.; Schultz, Richard M. (1997). “Regulation of transcriptional activity during the first and second cell cycles in the mouse embryo” (英語). Development 124 (12): 2377–2386. doi:10.1242/dev.124.12.2377.
- ↑ Braude, Peter; Bolton, Vincent; Moore, Sarah (1988). “Human gene expression first occurs between the 4-cell and 8-cell stages of preimplantation development” (英語). Nature 332 (6163): 459–461. doi:10.1038/332459a0.
- 1 2 3 4 Hasley, Andrew; Chavez, Shawn; Danilchik, Michael; Wühr, Martin; Pelegri, Francisco (2017). “Vertebrate Embryonic Cleavage Pattern Determination” (英語). Vertebrate Development. Advances in Experimental Medicine and Biology. 953. Springer. pp. 117–171. doi:10.1007/978-3-319-46095-6_4
- 1 2 3 4 Gilbert, Scott F. (2000). “Early Mammalian Development” (英語). Developmental Biology (6th ed.). Sinauer Associates. ISBN 9780878932436
- 1 2 Dohmen, M. R. (1992). “Cell lineage in molluscan development” (英語). Microscopy Research and Technique 22 (1): 75–102. doi:10.1002/jemt.1070220107. PMID 1617209.
- ↑ 市川衛『基礎発生学概論 新版』裳華房、1988年、161–162頁。