共同店

共同店(きょうどうてん)は、集落の住民が共同で出資・運営する商店である[1]。共同売店(きょうどうばいてん)や共同組合(きょうどうくみあい)ともいう。沖縄県の沖縄本島北部(やんばる)や先島諸島(宮古列島・八重山列島)、鹿児島県の薩南諸島(トカラ列島・奄美大島)に多く残る。
概説
[編集]沖縄本島北部国頭村の字奥で現在も営業している奥共同店が共同店第1号である[2]。奥共同店が開業したのは1906年(明治39年)であり、2006年(平成18年)には創立100周年を祝う記念式典が行われた[3]。
共同店(共同売店)の事業や運営は集落によって異なる。事業としては、食料品、日用雑貨、農業用資材などの仕入れ販売以外に、集落の農産物の共同出荷が一部の共同店で行われており、かつては電話の取次、金銭の貸付なども行われた[2][4](なお、現金を持ち合わせていない客への掛け売りは現在も行われている)。ガソリンスタンドを併設する共同店もある。高齢の利用者には、商品を届けたり、店に現れないと店員が様子を見に行ったりするケースもある[1]。
奥共同店では、製材や運送を行っていた時期もあった[4]。運営としては、集落直営のほかに、特定の人に運営を請け負わせる形態もある[2]。共同店の利益は、内部留保されるほか、住民に配当されたり、集落の行事を行うために寄付されたりする[2]。
共同店(共同売店)はかつての産業組合や現在の農業協同組合、消費生活協同組合に似ているが、これらとは異なり、法人組織ではない[2]。法律上は民法組合と考えられる。なお、「協同組合」という名称を使用できるのは法律上の協同組合に限られるので[5]、共同組合を「協同組合」と表記することはない。ただし、国頭村安田の「安田協同店」や名護市の「羽地中部協同売店」のように、、「協同店(協同売店)」の名称を使用しているものもある。
離島など過疎地域は住民の減少や高齢化、また交通網が整備されることで域外への買い物が容易となり経営難から[6][7]共同店(共同売店)の数は減少傾向にある。ピークの1970年代には約200店あったが、2019年時点で現存するのは約50店である[1]。
経営難の中、地域住民の取り組みによりクラウドファンディングを行うなどして経営存続を図る共同店(田名共同売店)もある[7]。
営業中の共同店・共同売店
[編集]2023年8月時点。共同店ではなくなったもの、別業種として営業しているものは含まない[8]。
沖縄県
[編集]- 国頭村
- 辺戸共同店(国頭村辺戸)
- 奥共同店(国頭村奥)
- 楚洲共同店(国頭村楚洲)
- 安田協同店(国頭村安田)
- 安波共同店(国頭村安波)
- 宜名真共同店(国頭村宜名真)
- 桃原共同店(国頭村桃原)
- 浜共同店(国頭村浜)
- 東村
- 高江共同組合(東村高江)
- 魚泊共同売店(東村宮城)
- 川田区売店(東村川田)
- 慶佐次共同売店(東村慶佐次)
- 伊平屋村(伊平屋島)
- 今帰仁村
- 崎山共同売店(今帰仁村崎山)
- 諸志共同売店(今帰仁村諸志)
- 呉我山共同売店(今帰仁村呉我山)
- 名護市
- 嘉陽共同売店(名護市嘉陽)
- 三原共同売店(名護市三原)
- 大浦共同売店(名護市大浦)
- 運天原共同売店(名護市運天原)
- 羽地中部協同売店(名護市田井等)
- 宜野座村
- 漢那共同売店(宜野座村漢那)
- 金武町
- 並里区売店(金武町金武)
- 恩納村
- 喜瀬武原共同売店(恩納村喜瀬武原)
- 恩納共同組合売店(恩納村恩納)
- 山田共同売店(恩納村山田)
- 真栄田共同売店(恩納村真栄田)
- すや売店(塩屋売店)(恩納村真栄田)
- 前兼久売店(恩納村前兼久)
- うるま市
- 宮古島市(宮古島)
- 狩俣マッチャーズ(宮古島市平良狩俣)
- 島尻購売店(宮古島市平良島尻)
- 石垣市(石垣島)
- 明石共同売店(石垣市伊原間)
- 伊野田第二共同売店(石垣市桃里)
- 星野共同売店(石垣市桃里)
- 大里共同売店(石垣市白保)
- 竹富町
- 与那国町(与那国島)
- 比川地域共同売店(与那国町与那国)
- 安田協同店(国頭村)
- 安波共同店(国頭村)
- 宜名真共同店(国頭村)
- 慶佐次共同売店(東村)
- 田名共同売店(伊平屋村)
- 丸友共同売店(竹富町波照間島)
- 南共同売店(竹富町波照間島)
鹿児島県
[編集]佐賀県
[編集]- 神集島購買部(唐津市神集島)
関連作品
[編集]脚注
[編集]- 1 2 3 田中陽「これぞコンビニ! 沖縄3強対決に「伏兵」あり」『日本経済新聞』2019年7月26日。オリジナルの2019年7月26日時点におけるアーカイブ。
- 1 2 3 4 5 安仁屋政昭「共同店」『沖繩大百科事典』 上巻、沖縄タイムス社、1983年、894頁。
- ↑ 新垣綾子「儲けはなくても笑いがある 「世界の宝」沖縄の共同売店を救え」『沖縄タイムス』2023年7月10日。オリジナルの2023年7月10日時点におけるアーカイブ。
- 1 2 安仁屋政昭「奥共同店」『沖繩大百科事典』 上巻、沖縄タイムス社、1983年、595頁。
- ↑ 中小企業等協同組合法第6条第2項
- ↑ 譜久村美波「伊平屋島を支えてきた売店を守りたい! 区民が資金募る 住民と来島者の交流の場に」『琉球新報』2022年2月6日。オリジナルの2022年2月6日時点におけるアーカイブ。
- 1 2 3 “伊平屋島の歴史を見守り続けた『田名共同売店』を、これからも存続させたい”. CAMPFIRE. 2026年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月18日閲覧。
- ↑ “共同売店リストとマップ”. 共同売店ファンクラブ (2023年8月). 2026年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年8月2日閲覧。
- ↑ 「「ちむどんどん」善一が比嘉家を見放さなかった理由が判明?「スッキリ」と納得 一方「一気に冷める」と落胆の声も」『イザ!』2022年6月20日。オリジナルの2022年6月20日時点におけるアーカイブ。
- ↑ “3人のミュージシャンが作った「共同売店のうた」 地域の人々と触れ合い、作られた1曲とは”. TBS NEWS DIG (2024年1月19日). 2024年1月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年8月2日閲覧。
- ↑ “第33回JNN企画大賞 共同売店のうた”. 琉球放送. 2023年12月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年8月2日閲覧。