古代文化研究所

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古代文化には、多くの疑問や問題が存在する。そういうものを日向国から検証していきたい。

〇ここまで、「テーマ:辺塞詩」として、塞下曲に関して、王昌齡「塞下曲四首」、李頎「塞下曲」、高適「塞下曲」、李白「塞下曲六首」、常建「塞下曲四首」盧綸「和張僕射塞下曲六首」と見て来た。すでに、塞下曲を22首案内しているわけである。

〇ただ、塞下曲は、多くの詩人が取り上げている詩題である。もうしばらく、塞下曲を続けるしかない。「塞下曲六首」としては、李白、盧綸、戎昱の作品が有名らしい。それで李白の「塞下曲六首」に引き続き、盧綸「塞下曲六首」を取り上げてきた。

〇そうなると、次は戎昱の「塞下曲六首」となる他ない。今回は、『戎昱:塞下曲六首・其六』詩の案内になる。

  【原文】

     塞下曲六首・其六

        戎昱

    北風凋白草

    胡馬日鐸駸
    夜後戍樓月

    秋來邊將心
    鐵衣霜露重

    戰馬歲年深
    自有盧龍塞

    煙塵飛至今

  【書き下し文】

     塞下曲六首・其六

        戎昱

    北風は白草を凋ませ、

    胡馬は日に駸駸たり。
    夜後、戍樓に月、

    秋來、邊將の心。
    鐵衣は霜露に重く、

    戰馬は歲年深し。
    盧龍塞有りしより、

    煙塵の飛ぶこと今に至る。

  【我が儘勝手な私訳】

    北風が始終吹き荒れ、草も白く枯れ果て、

    匈奴の馬が絶えず押し寄せるので、辺塞が安堵する暇はない。

    深夜、辺塞の将は戍樓から砂漠に浮かぶ月を仰ぎ見ては、

    秋も深まり、いよいよ故郷を懐かしく思い浮かべる。

    鎧は霜や雪にさらされ、ますます重さを増すばかりで、

    常に乗る馬も、今では、すっかり老いてしまった。

    この盧龍塞が築かれて以来、

    この地では戦火の煙塵が絶えることなく、今に至るまで、続いている。

〇戎昱の「塞下曲六首」詩を其一から其六まで、見て来た。戎昱の「塞下曲六首」詩は、6首の組詩であり、連作である。したがって、こういうふうに全体を読み通すことで、初めて、その全容を知ることが出来る。

〇一首読むだけでも大変である。それを六首も続けるのだから、時間を要するし、面倒極まりない。しかし、戎昱の「塞下曲六首」詩を理解しようとするなら、こういう作業をするしかないわけである。

〇戎昱の「塞下曲六首」詩を通しで読み終えて、今更ながら、戎昱と言う詩人が「塞下曲六首」詩で、何を訴えたかったかが、判るような気がする。こういう内容は、絶句とか律詩では、到底、伝えることは出来ない。そういう物語が、ここには存在する。

〇ただ、ここまで、王昌齢の「従軍行七首」、王昌齡の「塞下曲四首」、李白の「塞下曲六首」、常建の「塞下曲四首」、盧綸の「和張僕射塞下曲六首」、戎昱の「塞下曲六首」と、続けて来ている。さすがに疲れた感がする。

〇当時の詩人たちにとって、塞下曲と言うのは、それだけ、魅力的な詩題だったのだろう。中国には、まだまだ多くの塞下曲が存在するのだが、切りが無い。これくらいで止めにしておきたい。大いに勉強させていただいた。感謝したい。

 

〇ここまで、「テーマ:辺塞詩」として、塞下曲に関して、王昌齡「塞下曲四首」、李頎「塞下曲」、高適「塞下曲」、李白「塞下曲六首」、常建「塞下曲四首」盧綸「和張僕射塞下曲六首」と見て来た。すでに、塞下曲を22首案内しているわけである。

〇ただ、塞下曲は、多くの詩人が取り上げている詩題である。もうしばらく、塞下曲を続けるしかない。「塞下曲六首」としては、李白、盧綸、戎昱の作品が有名らしい。それで李白の「塞下曲六首」に引き続き、盧綸「塞下曲六首」を取り上げてきた。

〇そうなると、次は戎昱の「塞下曲六首」となる他ない。今回は、『戎昱:塞下曲六首・其五』詩の案内になる。

  【原文】

     塞下曲六首・其五

        戎昱

    城上画角哀

    即知兵心苦
    試問左右人

    無言涙如雨
    何意休明時

    終年事鼙鼓

  【書き下し文】

     塞下曲六首・其五

        戎昱

    城上、画角哀し、

    即ち兵の心苦を知る。
    試みに左右の人に問へば、

    無言にして、涙雨の如し。
    何の意ぞ、休明の時、

    終年、鼙鼓を事とす。

  【我が儘勝手な私訳】

    辺塞の辺りには、甲高い角笛の音が哀しく流れ、

    それは偏に警固の兵士たちの苦心を表現したものに他ならない。

    試しに、そのことを辺塞の兵士たちに聞いてみたまえ、

    誰もが皆、何も言えず、ただ涙を流すしかないのだ。

    辺塞に休息の時など、あり得ない、

    辺塞は一年中、何時でも戦場となる場所なのだから。

〇辺塞に画角はつきものである。百度AIが案内する画角は、次の通り。

      画角

   画角通常指中国古代的一种军乐乐器,声音高亢,常用于报时或仪仗。

【诗词里为什么常写画角】

  1)声音特点渲染气氛‌:画角发声高亢凄厉,古人常用它来渲染悲凉、

    肃杀的边塞氛围,表达征戍之苦 。

  2)常见意象寄托情感‌:在诗词中,画角多与黄昏、斜阳、城上等景象搭配,

    如陆游的“城上斜阳画角哀”,借角声烘托内心的哀愁与沧桑 。

  3)军旅生活的象征‌:由于画角多用于军中报时和指挥,

    它也成为了军旅生活的代名词,象征着警戒与士气 。

 

〇ここまで、「テーマ:辺塞詩」として、塞下曲に関して、王昌齡「塞下曲四首」、李頎「塞下曲」、高適「塞下曲」、李白「塞下曲六首」、常建「塞下曲四首」盧綸「和張僕射塞下曲六首」と見て来た。すでに、塞下曲を22首案内しているわけである。

〇ただ、塞下曲は、多くの詩人が取り上げている詩題である。もうしばらく、塞下曲を続けるしかない。「塞下曲六首」としては、李白、盧綸、戎昱の作品が有名らしい。それで李白の「塞下曲六首」に引き続き、盧綸「塞下曲六首」を取り上げてきた。

〇そうなると、次は戎昱の「塞下曲六首」となる他ない。今回は、『戎昱:塞下曲六首・其四』詩の案内になる。

  【原文】

     塞下曲六首・其四

        戎昱

    晚渡西海西

    向東看日沒
    傍岸砂礫堆

    半和戰兵骨
    單於竟未滅

    陰氣常勃勃

  【書き下し文】

     塞下曲六首・其四

        戎昱

    晚に西海の西を渡れば、

    東の向に、看日の沒す。
    傍らの岸に、砂礫の堆すれば、

    半ば和す、戰兵の骨。
    單于、竟に未だ滅せざれば、

    陰氣、常に勃勃たり。

  【我が儘勝手な私訳】

    夕方、青海湖の西岸を渡ろうとしたら、

    春の太陽は青海湖に浮かんで、まるで東に沈んで行くようである。

    青海湖の岸辺に砂が溜まっているところには、

    辺塞の防人のものと思しき骨が砂の中に混じって出ている。

    匈奴の王、単于の軍が今でも盛んに出現するので、

    不気味な気配が、常時、辺塞には漲っている。

〇西域と言ったら、青海湖であり、塔克拉瑪干沙漠であり、天山山脈だろう。辺塞の最前線になる陽関や玉門関は、その真ん中に存在する。もっとも、陽関や玉門関の東550㎞に青海湖、北500㎞に天山山脈は存在する。

〇匈奴の最前線を若羌あたりだとすれば、陽関や玉門関の西、およそ520㎞になる。南は1000㎞以上砂漠が続き、その南は世界の屋根、ヒマラヤ山脈である。また、玉門関は敦煌の西、70㎞に存在し、陽関は敦煌の南西、58㎞に存在する。玉門関と陽関の間は、およそ50㎞である。

〇辺塞の周囲は何処までも続く、茫洋とした砂漠である。むろん、塞から一人で逃げ出すことは出来ないし、それは死を意味する。防人たちは、そういう生活環境で生活している。辺塞詩は、そういう状況のもとに成立している。

〇したがって、敦煌や哈密、嘉峪关辺りで読む辺塞詩と、日本で読む辺塞詩は、まるで趣を異にする。まさに「百聞不如一見」だと言うしかない。もっとも、当古代文化研究所は敦煌までは三回出掛けているが、玉門関や陽関は未見である。

 

〇ここまで、「テーマ:辺塞詩」として、塞下曲に関して、王昌齡「塞下曲四首」、李頎「塞下曲」、高適「塞下曲」、李白「塞下曲六首」、常建「塞下曲四首」盧綸「和張僕射塞下曲六首」と見て来た。すでに、塞下曲を22首案内しているわけである。

〇ただ、塞下曲は、多くの詩人が取り上げている詩題である。もうしばらく、塞下曲を続けるしかない。「塞下曲六首」としては、李白、盧綸、戎昱の作品が有名らしい。それで李白の「塞下曲六首」に引き続き、盧綸「塞下曲六首」を取り上げてきた。

〇そうなると、次は戎昱の「塞下曲六首」となる他ない。今回は、『戎昱:塞下曲六首・其三』詩の案内になる。

  【原文】

     塞下曲六首・其三

        戎昱

    塞北無草木

    烏鳶巢僵屍

    泱渀沙漠空

    終日胡風吹

    战卒多苦辛

    苦辛無四時

  【書き下し文】

     塞下曲六首・其三

        戎昱

    塞北に、草木無し、

    烏鳶、巢に僵屍す。

    泱渀、沙漠空しく、

    終日、胡風の吹く。

    战卒、苦辛多く、

    苦辛、四時無し。

  【我が儘勝手な私訳】

    辺塞の北は一面、砂漠で、草や木も生えていない、

    生命力のあるカラスやトンビだって、巣の中で倒れ死ぬ。

    砂漠には、水の気配は微塵も無く、

    砂漠には、一日中、北風が吹き荒れている。

    辺塞の兵士たちに、苦労や辛苦が多いのは、当たり前で、

    尚且つ、その苦労や辛苦は四六時中続くのだから堪らない。

〇ここまで、 戎昱の「塞下曲六首・其一」詩、 「塞下曲六首・其二」詩と見て来た。 勿論、戎昱の「塞下曲六首」詩は、組作であり、連作であって、 戎昱の「塞下曲六首・其三」詩が 「塞下曲六首・其一」詩、 「塞下曲六首・其二」詩と連動していることは間違いない。

〇戎昱の「塞下曲六首・其三」詩にあるのは、 辺塞での兵士たちの生活である。 辺塞での兵士たちの生活は苦労や辛苦そのものである。加えて、何時なんどき、戦争が始まるのかさえ、判らない。そういう緊張状態が始終、続くのである。

〇 辺塞の兵士の数は、たかが知れたものである。匈奴が襲って来るのは、最低でも何百人か何千人であって、小さな塞など、ものの数ではない。辺塞の兵士たちは、そのことをよく理解している。戦えば、負けるのは必定なのである。あとは、逃げるしかない。

〇ところが塞の周囲、数十キロは、全て砂漠なのである。逃げるにも逃げようがない。それが辺塞を守る兵士たちの運命なのである。それが戎昱の「塞下曲六首・其三」詩の言う「苦辛」の実体なのである。

 

〇ここまで、「テーマ:辺塞詩」として、塞下曲に関して、王昌齡「塞下曲四首」、李頎「塞下曲」、高適「塞下曲」、李白「塞下曲六首」、常建「塞下曲四首」盧綸「和張僕射塞下曲六首」と見て来た。すでに、塞下曲を22首案内しているわけである。

〇ただ、塞下曲は、多くの詩人が取り上げている詩題である。もうしばらく、塞下曲を続けるしかない。「塞下曲六首」としては、李白、盧綸、戎昱の作品が有名らしい。それで李白の「塞下曲六首」に引き続き、盧綸「塞下曲六首」を取り上げてきた。

〇そうなると、次は戎昱の「塞下曲六首」となる他ない。今回は、『戎昱:塞下曲六首・其二』詩の案内になる。

  【原文】

     塞下曲六首・其二

        戎昱

    上山望胡兵

    胡馬馳驟速
    黃河冰已合

    意又向南牧
    嫖姚夜出軍

    霜雪割人肉

  【書き下し文】

     塞下曲六首・其二

        戎昱

    山に上り、胡兵を望めば、

    胡馬の馳驟すること速し。
    黃河、冰の已に合すれば、

    意は又た南牧に向かふ。
    嫖姚、夜、出軍し、

    霜雪、人肉を割く。

  【我が儘勝手な私訳】

    小高い山に上って、匈奴の軍を望見すれば、

    匈奴の馬が中国本土の馬より遥かに早いことが判る。

    黄河の水がすでに凍ってしまったので、

    匈奴は再び中国の肥沃な牧草地を狙っている。

    そうした中、剽姚校尉霍去病は、真夜中に出陣する、

    外は身の凍て付く寒さの中である。

〇勿論、戎昱の「塞下曲六首」詩は、組作であり、連作であって、戎昱の「塞下曲六首・其二」詩が、戎昱の「塞下曲六首・其一」詩を受けていることは間違いない。「塞下曲六首・其一」詩の、あのおどろおどろしさは、「塞下曲六首・其二」詩のためにあったのである。

〇そう読むと、戎昱の「塞下曲六首」詩は、なかなか良く出来ている。「塞下曲六首・其二」詩の次に来る「塞下曲六首・其三」詩がどうなるのか。読者は大いに期待する。それが戎昱の「塞下曲六首」詩の醍醐味なのであろう。

〇盧綸の「和張僕射塞下曲六首」に引き続き、またまた剽姚校尉霍去病将軍の登場となる。盧綸も戎昱も、唐代の詩人なのに。なかなか唐詩は面白い。